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追うぞ! 千夜千冊126夜 『伴淳三郎・道化の涙』 田山力哉
松岡正剛さんは本著をさほど評価しているのではない。
「本書は数ある喜劇役者の評伝のひとつというだけで、とくに名著とか傑作というわけではない。著者はこうした映画関係に詳しく、片岡千恵蔵や市川雷蔵の評伝も書いているが、いずれもソツなく簡潔にまとまっているというだけで、それ以上ではない。それなのにこれをとりあげたのは、喜劇役者の生涯というもの、その日々を覗いてみると感心することばかりなのだということ、それには田山力哉のような書き方が案外適しているということを言いたかったからだ」

伴淳三郎は1908年~1981年を生き73歳の生涯だった。本書は、道化に徹して珍芸を演じ脚光を浴びたコメディアン“バンジュン”の実人生を調べあげ再構成した実名小説であり、スクリーンの裏の悲しき人生を描いている。喜劇役者伴淳三郎は、1950年代、一世を風靡した流行語「アジャパー」「いっぺえやっか」をたて続けにあみ出し、映画『二等兵物語』の大ヒット、“駅前”シリーズの連続ヒットでスターの座に登りつめた。

著者の田山力哉が最後にこう綴っている。
「本名・鈴木寛定。戒名・慈徳院殿親誉観演道居士。七三歳の生涯を閉じた喜劇俳優・伴純三郎は、いま雪に埋もれた墓石の下で母のふくと添い寝をしている。まるで波乱の多かった彼の一生など、一場の夢で、実は何ごともなかったかのように」

『飢餓海峡』で伴淳三郎が刑事役で出ているそうだ。この映画は観ておきたい。
[2014/09/23 23:32] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊125夜 『嵐が丘』 エミリー・ブロンテ
高校時代には読まなかった。どんな物語なのか知らない。

松岡正剛さんは読んだそうだ。こんな想い出が書いてある。
「ぼくがこれを読んだのは高校時代で、それも憧れていた岩崎文江という小さくて美しい女生徒に、「えっ、『嵐が丘』を読んでいないの?」と言われてのこと、2週間くらいかかってぶっつづけに夜をつぶして読んだ。ほとんど息が詰まるおもいがしたのは、エミリー・ブロンテの用意した構造のせいばかりではない。岩崎文江嬢がいったいキャサリンなのか、ぼくをヒースクリフと言っているのか、冒頭からそういうよこしまな見立てで読んだからだった。しかし、物語がすすむにつれ、そんな気分は吹き飛んだ。あまりに構造が複雑で、人間の不吉な宿命と苛烈な意志のようなものが鋼線のごとく錯綜していたからである。その後、『嵐が丘』についてどんな友人も話題にしないので訝っていた。男が読む小説ではないのだろうか? それが唐十郎に会って、焦眉がひらいた。唐十郎は『嵐が丘』の熱烈な愛読者だったばかりか、彼の芝居の根底にはいつもヒースクリフとキャサリンが配してあった」

このような話らしい。

1801年頃の話。青年ロックウッドは人里離れた田舎にある「スラッシュクロス」と呼ばれる屋敷を借りて移り住むことにした。「スラッシュクロス」唯一の近隣であり大家の住む「嵐が丘」を訪れて館の主人ヒースクリフや一緒に暮らす若い婦人キャサリン・リントンらと面会する。 ヒースクリフは無愛想でキャサリン・リントンは彼の妻でもなさそうだった。この住人達の関係は冷え切っており客前でも平気でののしり合っている。彼らに興味を抱いたロックウッドは事の全貌を知る古女中エレン(ネリー)に事情を尋ねヒースクリフと館にまつわる憎愛と復讐の物語を聞かされることとなる。

昔、この「嵐が丘」では旧主人のアーンショー、アーンショー夫人とその子供であるヒンドリーとキャサリンが住んでいた。 ある日、主人は外出先で身寄りのない男児を哀れに思い、家に連れて帰ってきた。 主人は彼をヒースクリフと名づけ自分の子供以上に可愛がり、ヒースクリフはキャサリンと仲良くなった。しかしアーンショーが亡くなり館の主人がヒンドリーになると、今までヒースクリフを良く思っていなかったヒンドリーは、ヒースクリフを下働きにしてしまう。それでもヒースクリフとキャサリンは仲が良く、お互いに恋心を抱くようになっていた。そんなある日、二人は「スラッシュクロス」の住人と出会うことになる。当時、「スラッシュクロス」には上流階級の主人リントンとリントン夫人、その子供のエドガーとイザベラが住んでいた。彼らの優雅な生活に衝撃を受けたキャサリンは上流階級に憧れを持ち、ヒースクリフを必要としながらも自分を下げることはできないとエドガーの求婚を受けてしまう。 ショックを受けたヒースクリフは姿を消す。

やがてヒースクリフは裕福な紳士になって戻ってくるが、それは自分を下働きにしたヒンドリー、キャサリンを奪ったエドガー、そして自分を捨てたキャサリンへ復讐を果たすためであった。まずは、「嵐が丘」のヒンドリー。彼は妻を早くに亡くし、その悲しみから息子ヘアトンと共に荒れた生活を送っていた。そこへ賭博の申し出をして、「嵐が丘」と財産をそっくり奪い取ってしまった。その次は、エドガーと結婚したキャサリンの住む「スラッシュクロス」に訪れ、一緒に住んでいたエドガーの妹イザベラを言葉巧みに誘惑し、一緒に駆け落ちさせて結婚。だがそこに愛はなく、あるのは冷たい言葉と虐待だけだった。耐えきれなくなったイザベラは「嵐が丘」を出て、一人でリントンを出産した。その合間にもエドガーに内緒でキャサリンにたびたび会い愛を語っていたが、そのせいでキャサリンは発狂してしまう。二人の間で板挟みになったキャサリンは苦しみついには亡くなってしまう。その時お腹にいたキャサリン・リントンは助かり、キャサリンの忘れ形見になった。

こうして復讐を終えたヒースクリフだったが、その憎悪はとどまるところを知らなかった。 復讐はヒンドリーの息子であるヘアトンとエドガーの娘、キャサリン・リントンにも及んだ。 「嵐が丘」ではヒースクリフとヒンドリー、ヘアトンが住んでいたが、ヒンドリーは亡くなり、ヒースクリフはヘアトンと二人で暮らすようになった。ヘアトンは元の素質が良く、本来は頭も顔も悪くなかったのだが、ヒースクリフはあえて野良仕事をさせ悪態を覚えさせた。そうしてヒンドリーの嫌うような教養のない人間に育てることに成功した。イザベラが亡くなり、ヒースクリフの息子であるリントンはイザベラの遺言によりエドガーに引き取られるはずだったが、ヒースクリフは無理やり引き取ってしまった。しかしリントンは病弱で気弱、素質が悪いと見限ったヒースクリフは、彼を愛することはなかった。「スラッシュクロス」ではエドガーとキャサリン・リントンが仲良く静かに暮らしていた。ある日、キャサリン・リントンは「嵐が丘」に迷い込み住人達と出会う。過去の出来事を全く知らない彼女はヒースクリフ達に興味を持った。特に前に少しだけあったリントンがいとこだとわかると、友達ができたと嬉しがる。そこに目をつけたヒースクリフは、リントンとキャサリン・リントンを結婚させ、「スラッシュクロス」とエドガーの財産を自分のものにしようと企む。この頃エドガーは衰弱しており亡くなれば財産はリントンのものなのだが、リントンは病弱で、20まで生きられないのではないかと言われていたのだ。 どちらが先に亡くなるか分からないのだから結婚させてしまおうと考えヒースクリフはリントンに入れ知恵をする。ヒースクリフの策により、キャサリン・リントンはリントンに恋したと錯覚しエドガーに内緒で会いに行くようになる。しかしリントンの死期は迫っており、まともに相手をすることはできなかった。キャサリン・リントンは目を覚まし始めるが「嵐が丘」へ行き、そこでヒースクリフに閉じ込められてしまう。リントンと結婚しなければここから出さないと脅され、エドガーの死に目に会いたかったキャサリン・リントンは、リントンへの同情心も手伝って承諾する。数日後、エドガーは亡くなり、しばらくしてリントンも亡くなった。ヒースクリフは遂に「スラッシュクロス」とエドガーの財産をも自分のものにしたのだった。

エレンの長い話に納得したロックウッド。しばらくここで過ごしていたが、あまりの退屈さに一年の契約期間を待たず都会へと帰って行った。そうして時間が過ぎ契約が切れるとき、たまたま「嵐が丘」の近くを通り過ぎ、契約終了の挨拶でもしようと思い立った。すると「嵐が丘」は前に来たときとまるで変わっていた。キャサリン・リントンはののしり合っていたヘアトンと仲良く勉強しており幸せそうにしている。エレンに問いただしたところヒースクリフは亡くなったのだという。キャサリンに対する愛と憎しみにより幻覚を見て発狂したと。この「嵐が丘」と「スラッシュクロス」は本来の持ち主であるヘアトンとキャサリン・リントンに戻り、二人は和解し愛し合いいずれ一緒になるだろう。ヒースクリフはキャサリンの墓の横で静かに眠っているのだろうか。それとも二人で亡霊になって今もまだ嵐が丘をさまよっているのだろうか。
[2014/09/14 17:17] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊124夜 『クラゲの正体』 坂田明
今宵も松岡正剛さんの個人的趣味の選本でどうでもよい話だと感じだ。なんでも著者の坂田明氏がチャーミングな人のようで松岡正剛さんがお気に入りだということが伝わってくる。

例えば、松岡正剛さんは次のようなことを書いている。
「ぼくはクラゲの大ファンである。それから坂田明の大ファンでもある。これでは本書『クラゲの正体』には身がよじれる。小西得郎ではないが、打ちも打ったり、捕りも捕ったり、である。この前に出た『ミジンコの都合』はまだよかった。坂田さんの対話の相手は日高敏隆さんで、この人はいまは滋賀大学の学長なんぞをしているが、30年前は日本の大学教授で初めてパンタロンを穿いたといって笑われ、日本一の動物行動学者なのに奥さんからネコの扱いがヘタだといって笑われた人である。実際にも、ぼくも日高家で日高敏隆がたいしたエソロジストではないことを知って、安心したものだ。だから『ミジンコの都合』は、笑いころげながらも安心して読めた。それに坂田明はミジンコの大研究者である。ミジンコの話をしても誰も文句は言わない。ミジンコが「微塵子」であることから、ミジンコが水と生命の本質的な代表性をもっていることまで、すべてちゃんと話せる人なのである」

ただそれだけのことだ。ところで、せっかくだから本著に目を通してみた。著者はいつしか「透明で美しい体をもった生きもの=クラゲ」に魅せられたみたいだ。女性クラゲ博士の柿沼好子さんと江ノ島水族館の元館長である廣﨑芳次さんとに会いに行きクラゲについて教えを請うたときの対談が本著のメインとなっている。内容はとてもマニアックでクラゲの知識のない私には興味が湧かない。

冒頭に各種クラゲの写真が豊富にある。これを眺めていると少し気が晴れた。動物行動学者である日高敏隆先生の言葉が紹介されていた。「あらゆる生きものは、その種の都合で生きている。」きっと坂田明さんには「クラゲの都合」が魅力的だったのだろう。

坂田明さんは最後のほうでこんな感想を綴っている。
「今回のクラゲの正体を探る旅を通じて、あらためて海の深遠な世界にふれ、その凄絶で厳粛な姿に襟を正さざるを得なかった。そしてやっぱり海が好きだ、と大声で叫んでしまうのである。」
[2014/07/30 00:55] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊123夜 『知覚の現象学』 モーリス・メルロ=ポンティ
何が書いてあるのかわからない。困った(>_<)

手掛かりに、実在論と観念論を考えてみる。実在論(realism)とは、名辞・言葉に対応するものが、それ自体として実在しているという立場を云う。一方の観念論(idealism)とは、事物の存在と存り方は、当の事物についてのidea(イデア、観念)によって規定されるという考え方である。

メルロ=ポンティは、両立場の対立を根本的に止揚しようとした。そのように理解を始める。知覚の現象学と題されているのであるから、それは実在なのか観念なのか、立場を分けて対立として捉えずに、より包括的に思考する。その辺りの意味合いであろうか。

松岡正剛さんの解説から別の理解が得られる。
「もうひとつはゲシュタルト心理学からの影響だった。「知能とは、知覚された領域にひそむさまざまな対象のあいだの関係をとらえる能力のことではないか」というものだ。従来、生体の行動は一定の要素的な刺戟に対する一定の要素的な反応のことだとみなされていた。複雑な行動もこれらの組み合わせによっているとみなされていた。要素還元主義である。しかし、ゲシュタルト心理学はこの見方をまっこうから否定して、同じ刺戟がしばしば異なった反応になることもあれば、要素的に異なった刺戟が同じ反応をひきおこすこともありうることを例にあげつつ、生体というものは刺戟の個々の要素的内容に対応しているのではなく、個々の要素的な刺戟がかたちづくる“形態的で全体的な特性”に対応しているという仮説をぶちあげた。この“形態的で、かつ全体的な特性”のことをゲシュタルトという。これはメルロ=ポンティに大きなヒントをもたらした。たとえば神経系のどこかの部分が損傷をうけたとすると、それによって一定の行動が不可能になるのではなくて、むしろ生体の構造のなかでこれを知ってこれを補う水準があらわれてくる、そのように考えられるからだった。ここでメルロ=ポンティに、意識と身体のあいだにひそむパースペクティブのようなものがはたらいたのである。しかもそれらは、どこか相互互換的であり、関係的で、射影(profil)的だった。そして、それをとりもっているのがゲシュタルト的なるものだった。少なくともメルロ=ポンティにはそう見えた」

ピンと来ないところが多いが、メルロ=ポンティは、始点は実在論・要素還元主義に置き、そこから観念論・ゲジュタルトの知恵を取り入れ止揚を試みたのではなかろうか。

解り易い例があった。「血中にアドレナリンが放出されて、心臓の鼓動が増えた」ということと、「どぎまぎしていた」ということである。同じことを別の文脈で説明したものである。

メルロ=ポンティの定義によると、実在とは、「認識された」行動に対して、我々によって「生きられた」ものを理解するときに現われてくる。「認識する」とは、行動を分解して諸要素に分け、それらの諸要素が組立てられる原因を発見してから、今度はその原因から行動を説明することである。それに対して、「生きられる」とは、我々が行動するときに感じとっているところのもの、そのものである。
[2014/06/28 22:11] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊122夜 『俳人風狂列伝』 石川桂郎
どうも狂人と云われた11名の俳人を取り上げた本のようだ。石川桂郎なんて人は知らない。1909年に生れ1975年に66歳で逝った。東京の理髪店の息子に生れたそうだ。石川桂郎も俳人で酒食と放言を好む風狂の人であったと云われている。

松岡正剛さんの書き出しを見てみよう。
「この人の文章は達意の名文である。淡々と時代や光景を描写した名文ではなくて、奇怪で非常識な人生を歩んで、他人に迷惑をかけつづけた俳人たちの日々を拾って、それで名文だ。こういう書き方はめったにできない。これはアントナン・アルトーやフェルディナンド・セリーヌが自分で自分の破壊を綴ったわけではないのである。ここに登場している俳人たちは、自分ではアルトーやセリーヌになれず、もちろん一休にも○○にもなれずに、そのかわりいくばくかの俳句だけを残した。それを俳人であって、俳句雑誌の名編集者でもあった石川桂郎が拾って、文章につなげて蘇生した。しかも、蘇生にあたっては本人たちの情熱や狂気に与(くみ)せず、あたかも写経をするようにその感情を殺している。本書が読売文学賞を受賞したのも頷ける」

その11俳人とは、高橋鏡太郎、伊庭心猿、種田山頭火、岩田昌寿、岡本癖三酔、田尻得次郎、松根東洋城、尾崎放哉、相良万吉、阿部浪漫子、西東三鬼である。かろうじて名前を知っているのは種田山頭火ぐらいだろうか。本著は11章から成り各章でその俳人の逸話と俳句が紹介されている。

高橋鏡太郎「蛸の脚」
伊庭心猿「此君亭奇録」
種田山頭火「行乞と水」
岩田昌寿「靭かずら」
岡本癖三酔「室咲の葦」
田尻得次郎「屑籠と棒秤」
松根東洋城「葉鶏頭」
尾崎放哉「おみくじの凶」
相良万吉「水に映らぬ影法師」
阿部浪漫子「日陰のない道」
西東三鬼「地上に堕ちたゼウス」

永井龍男という人がこのような推薦文を書いている。
「ここに語られた11人の俳人は、すでに風狂の人であり畸人である。あるいは世俗に抗しあるいは俗塵にまみれながら、あくまでおのれの詩境を守った俳人とその周辺が、著者の深い愛情と練達の文章で物語られ、事実は小説よりも胸をうつことを証している」
[2014/06/08 20:47] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊121夜 『サルバドール・ダリが愛した二人の女』 アマンダ・リア
今宵も私の関心は低くどうでもよい選本のように思える。サルバドール・ダリと著者アマンダ・リアとはいったい誰なのか。そして二人はどういう関係なのか。それだけ知れば十分だろう。

松岡正剛さんの要約で事足りる。
「アマンダ・リアの、図抜けてスノッブで、大胆きわまりない感覚履歴を知らないと、この本はたんなるダリについての異常観察記のようにおもえるだろう。半分はその通りだ。なにしろ彼女は、奇行芸術の王様サルバドール・ダリが18年間にわたって傍らにおきたがった稀有な女性なのである。歳は40歳もはなれていた。ほんとうかどうかは知らないが、ダリは彼女と秘密結婚の儀式をあげようとさえしたらしい。18年も続いたのは、むろんダリ最愛の妻ガラも認めた“関係”だったからである。そんなダリ丸見えの立場にいた女性の観察記録が、おもしろくないはずはない。実際にも、ここにはダリの隠れたエピソードがいっぱいつまっている。たとえばダリの克明な油彩描写は、実はダリのアシスタントがすべて描いていて、そのアシスタントは階段の下のような小さな部屋に住んでいた、等々。しかし彼女は“ダリの情婦”でありながら“世界最初のディスコの女王”でもあった。彼女は、デヴィッド・ボウイとの同棲で有名を馳せ、いっときは「ほんとうは男ではないのか」とヨーロッパ中の新聞に騒がれた、あの“謎のアマンダ・リア”なのだ」

サルバドール・ダリ(1904年~1989年)はスペイン生れの画家でシュルレアリスムの代表的な作家として知られる。天才と自称して憚らず数々の奇行や逸話が知られている。1927年(23歳)でパリに赴き、パブロ・ピカソ、トリスタン・ツァラ、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンら、シュルレアリスムの中心人物たちと面識を得た。1929年(25歳)夏にポール・エリュアールが妻とともにカダケスのダリを訪ねた。これが後にダリ夫人となるガラ・エリュアールとの出会いであった。ダリとガラは強く惹かれ合い1934年(30歳)に結婚した。

一方、アマンダ・リアは1946年に香港で生まれた(だからサルバドール・ダリと42歳差である)。父親はイギリス系フランス人で、母親はロシア人と中国人のハーフだという。南フランスで育った彼女は、早くから絵画や文学、そして黒魔術や錬金術に興味を持ち、フランス語、英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語をマスターするという非常に早熟な少女だった。ロンドンに移り住んだ彼女はチェルシーのナイト・クラブやバーに出入りするようになり、瞬く間に周囲の注目を浴びるようになる。個性的な容姿そしてまだ誰もミニ・スカートをはいていない時代にマイクロ・ミニのスカートで闊歩する長身のアマンダは非常に目立つ存在だった。そんな彼女と親しくなったのが、当時スーパー・モデルとして注目を浴びていたアニタ・パレンバーグで、アニタを通じてローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズと知り合う。そしてそのブライアン・ジョーンズを通じてサルバトール・ダリと出会うこととなったのだ。ダリはアマンダを一目見て夢中になり、アマンダもダリの摩訶不思議な個性と才能に心酔する。二人の仲はダリの妻ガラも公認するところとなり、ダリは行くところ常にアマンダを伴うようになった。アマンダはたちまち社交界の花形となり、ロンドン、パリ、ニューヨークと世界中のセレブたちから注目の的となる。

本著には1973年の二人のショット写真があった。ということはサルバドール・ダリが70歳あたりで、アマンダ・リアは30歳前でつきあっていたことがわかる。

松岡正剛さんの最後の〆の言葉を引用する。
「しかし、最初に書いておいたとおり、この本はアマンダ・リアを知るための一冊であり、これを通して60年代後半と70年代のパンク・カルチャーの一端を知るための、あまりにも雑然とした一冊なのである。いずれ誰かが外の目でアマンダ・リアを描いてほしいとおもうばかりだ」

訳者の説明の方がわかりやすい。
本書はアマンダ・リアというイギリス人の美人モデルで、美術専攻の学生が、奇行で世界中を煙に巻いていたサルバドール・ダリという天才と、ふとしたことから知り合い、愛し合った、誠に風変わりな回顧録である」
[2014/02/02 16:46] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊120夜 『明治の東京』 馬場孤蝶
今宵はいまいち千夜千冊の意味がわからない。そもそも馬場孤蝶(ばばこちょう)って誰なのか。1869年(明治2年)に生れて1940年(昭和15年)に亡くなった(享年70歳)文化人?

松岡正剛の馬場孤蝶の紹介のところを少しだけ引用する。
「馬場孤蝶は明治2年の高知の生まれで、兄貴が馬場辰猪である。東京には明治11年に上京していて、神田の共立学校、のちの開成中学で英語を学んだ。そこで兄貴がフィラデルフィアで客死して、孤蝶は明治学院に入り、島崎藤村や戸川秋骨と同級になった。このころすでに寄席通いをはじめている。卒業後は「文学界」の同人になって樋口一葉や斎藤緑雨と親しくした。明治39年からは慶応義塾大学で教えているから、ここで弟子筋にあたる西脇順三郎らが交じっていったのだろう」

本著タイトルにあるように、著者が明治の東京のあれこれを綴っているものだ。それだけでしかない。

どうして松岡正剛さんは本著を選本したのかと云うと、
「谷崎精二の『東京新繁盛記』のように、読んだわけではない。古い東京を懐かしんで、読んだのでもない。それなら永井荷風や葛西善蔵でよい。あるいは最近なら杉浦日向子の漫画ルポなどでもよい。そうではなくて、本書の後半に数珠つなぎに出てくる寄席話や義太夫話が読みたくて、読んだ」とある。

たしかにラスト4章は、義太夫の話、落語、寄席の女、講釈と続いている。義太夫を聴くと表現するのか。当時の落語家の面々を知った(例えば円右)。寄席を楽しむ女の生活も垣間みられた。講釈というのは事件の荒筋だけを話す芸なのか。
[2014/02/01 19:28] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊119夜 『カラー自然ガイド・鉱物』 益富寿之助
鉱物図鑑かー。興味なしってところだが、このような本がどうして千夜千冊されているのかには気にかかる。また図鑑の類を出版している保育社がけっこう老舗なのだと知ったことは少し嬉しかった。

ところでどうでもよいことだが、松岡正剛さんの昔話に一寸付き合うことにする。要するに中学のときに鉱物に動機づけられたという話のようだ。
「京都の初音中学校で入学してすぐに「化石鉱物倶楽部」というものに入った。正式にはたしか「郷土部」といったようにおもうが、みんな化石部とか鉱物部とよんでいた。このクラブは1年をすぎると、「科学部」というまことしやかなものに昇格した。かえってつまらなくなったようにおもったが、ぼくもそのまま昇格した。おまけに、そこではクラブ担当の先生(吉田先生という名前で“チョーク”という徒名)がいつも白衣を着ていて、われわれに科学実験をするように勧めた。ぼくはそれも嫌いではなかったので(なんてったって、ずっと誠文堂新光社の「子供の科学」を購読していたのだ)、さっそくいろいろな実験のプランを出して、それが先生に認められると実験にとりかかった。ガリレオの落体実験の“もどき”や校内の細菌を培養して分布図をつくったのがそのころである。なぜだか、京都全域の科学実験コンクールにも学校代表で出ることになり、3位かに入賞した(このときぼくと一緒に発表した友人は、いま京都で最も有名な茶道具屋の大番頭になっている)。けれども、ぼくがそのころ一番好きだったのが、鉱物や化石だったのである。1年のときにハンマーやルーペや磁石を揃えて夢中になった鉱物化石採集の日々が忘れられなかったのだ。そのころ、採集してきた鉱物や化石は学校の図書館で調べるか、先生に尋ねればよかった。保育社と北隆館の大きめの図鑑だったとおもう」

著者の益富寿之助について、次の松岡正剛さんからの情報で初めて知った。
「さて、本書はまことに可憐な文庫本サイズのガイドブックなのだが、まず「益富寿之助」という名前がすごいのである。この名前は鉱物派のギョーカイでは富士山のように燦然と輝いている名前で、「マストミ」の名を知らない者はモグリだということになっている。財団法人益富地学会館をおこして、長らく理事長を務めておられたが、1993年に亡くなられた。「昭和雲根志」という仕事もされた。ぼくはいまでもよくミネラル・ショーのたぐいを訪れるが、そこにはたいてい益富寿之助老人の姿があった。京都の出身でもあった。次に、この可憐な一冊には冒頭に次のようにあって、これがたまらない。「鉱物にはいろいろのものがある。そのなかで、水晶ほど見る者に感動を与えるものは少ない。ことに少年たちが水晶を見ると、何か先天的に水晶にあこがれをもっているような興奮をあらわす」。この文章を読んで、少年は鉱物派になることを決意するだけではなく、自分がミネラリストになったことに自信をもつ。そうか、水晶がかっこいいと思うだけで、ぼくも鉱物の世界とつきあってもらえるんだという喜びなのだ。実査にもこのガイドブックは水晶・石英系を中心に少年のための鉱物学入門を案内してくれている。書かれている文章はけっこう高度だが、その「心」がひしひし伝わるようになっている。これがマストミ・パワーというものなのである」

それだけの話で学ぶものはあまりなくつまらないなというのが感想だ。著者(益富寿之助)は、鉱物学をマスターするには、読書と採集と多くの標本を見たり、手にとっていろいろと試したりすることであると述べている。こういう世界もあるのだという認識ぐらいで今宵はお仕舞いとしよう。
[2014/01/15 00:50] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊118夜 『風姿花伝(花伝書)』 世阿弥元清
今宵ほど松岡正剛さんの説明を頼りに思ったことはない。どういうことが書かれているのかの手かがりに使わせていただく。
「では、少々ながらガイドをしておくが、『花伝書』は現代語で読んではいけない。もともと古典はそうしたものだが、とくに『花伝書』にはろくな現代語訳がない。けれども、もっと深い意味で『花伝書』の言葉は当時そのままで受容したほうがいい。キーワードやキーコンセプトは実にはっきりしている。際立っている。第一に「花」である。何をもって「花」となすかは読むにしたがって開き、越え、迫っていくので、冒頭から解釈しないようにする。この「花」を「時分」が分ける。分けて見えるのが「風体」である。その風体は年齢によって気分や気色を変える。少年ならばすぐに「時分の花」が咲くものの、これは「真の花」ではない。そもそも能には「初心の花」というものがあり、この原型の体験ともいうべきが最後まで動く。それを稽古(古{いにし}えを稽{かんが}えること)によって確認していくことが、『花伝書』の「伝」になる。第二のコンセプトは「物学」であろう。「ものまね」と読む。能は一から十まで物学なのだ。ただし、女になる、老人になる、物狂いになる、修羅になる、神になる、鬼になる。そのたびに物学の風情が変わる。それは仕立・振舞・気色・嗜み・出立{いでたち}、いろいろのファクターやフィルターによる。第三に、「幽玄」だ。この言葉は『花伝書』の冒頭からつかわれていて、観阿弥や世阿弥が女御や更衣や白拍子のたたずまいや童形を例に、優雅で品のある風姿や風情のことを幽玄とよんでいる。それは芸能の所作にあてはめた幽玄であって、むろんその奥には俊成や定家に発した「無心・有心{うしん}・幽玄」の余情{よせい }の心がはたらいている。その心の幽玄は『花伝書』の奥に見え隠れするもので、明示的には書かれていない。われわれが探し出すしかないものなのである。もし文章で知りたければ、世阿弥が晩年に綴った『花鏡』のほうが見えやすい。第四には、おそらく「嵩{かさ}」と「長{たけ}」がある。これは能楽独得の「位」の言葉であって、「嵩」はどっしりとした重みのある風情のことで、稽古を積んで齢を重ねるうちにその声や体に生まれてくる位{くらい}である。これに対して「長」は、もともと生得的にそなわっている位の風情というもので、これがしばしば「幽玄の位」などともよばれる。けれども世阿弥は必ずしも生得的な「幽玄の位」ばかりを称揚しない。後天的ではあるが人生の風味とともにあらわれる才能を、あえて「闌{た}けたる位」とよんで、はなはだ重視した。『花鏡』にいわゆる「闌位{らんい}」にあたる。第五にやはり「秘する」や「秘する花」ということがある。すでにのべたように、これは「家」を伝えようとする者にしかわからぬものだろうとおもう。しかし、何を秘するかということは、観世一族の家のみならず、能楽全体の命題でもあったはずで、その秘する演出の構造をわれわれは堪能する。このことはいずれ別の「千夜千冊」の項目で、あらためて謡曲論あるいは能楽論としてふれてみたい。こうして「花」「物学」「幽玄」「嵩」「位」を動かしながら、『花伝書』はしだいに「別紙口伝」のほうへ進んでいく。そして進むたび、「衆人愛嬌」「一座建立」「万曲一心」が掲げられ、その背後から「声の花」や「無上の花」が覗けるようになっている。それらが一挙に集中して撹拌されるのが「別紙口伝」の最終条になる。これが絶妙である。この口伝は「花を知る」と「花を失ふ」を問題にする。そして「様{よう}」ということをあきらかにする。問題は「様」なのだ。様子なのである。しかしながらこのことがわかるには、「花」とは「おもしろき」「めづらしき」と同義であること、それを「人の望み、時によりて、取り出だす」ということを知らねばならない。そうでなければ、「花は見る人の心にめづらしきが花なり」というふうには、ならない。そうであって初めて「花は心、種は態{わざ}」ということになる。ここで口伝はいよいよ、能には実は「似せぬ位」というものがあるという秘密事項にとりかかる。物学{ものまね}をしつづけることによって、もはや似せようとしなくともよい境地というものが生まれるというのである。そこでは「似せんと思ふ心なし」なのだ。かくて、しだいに「花を知る」と「花を失ふ」の境地がふたつながら蒼然と立ち上がってきて、『花伝書』の口伝は閉じられる。ぼくは何度この一冊を読んだかは忘れたが、いつも最後の「別紙口伝」のクライマックスで胸が痛くなる」

風姿花伝は、父から伝えられたものをそっくり子孫に伝えようとする情熱につらぬかれている。松岡正剛さんは現代語訳で読むなと云っているが、上述案内でおぼろげな全体観は分かるもののもう少しあらすじを知りたい。やはりその場合は現代語訳が役に立つと思う。

このような現代語訳サイトがあった。参考まで。
http://norari.net/zeami/back_zeami.php
[2014/01/11 20:53] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
追うぞ! 千夜千冊117夜 『奇巌城』 モーリス・ルブラン
僕は、ルパンと云えば「ルパン三世」を思い抱く。ルパン三世はモンキー・パンチ(加藤一彦・76歳)の漫画(1967年~)およびその主人公の名前で、怪盗ルパンの孫のルパン三世を主人公にした作品である(1971年からはテレビアニメ化がされ映画やゲーム化などの各種メディア展開がされ現在に至るまで幅広い人気を誇っている)。

松岡正剛さんに云わせるとこうなる。
「ともかくぼくは、アルセーヌ・ルパンのすべてが大好きで大好きでたまらなかった少年だった。むろん少年少女名作全集のたぐいで読んだ。挿絵には山高帽をかぶってマントをひるがえす片目のルパンが、つねに半分黒々としたシルエットで描かれていた。最初に夜を忘れて夢中で読んだのは『怪盗紳士ルパン』か『泥棒紳士ルパン』と銘打った大判ダイジェスト本だったとおもう。それを繰り返し読んだのである。そのため、いつかは高級な美術品や歴史的な宝石しか盗まない大泥棒になってみたいとひそかに決心したほどで、危ないことには、カルピスの味がする初恋まがいの少女たちに、「ねえ、ぼくはアルセーヌ・ルパンのような泥棒になるから、そのときは君はこっそり手伝ってね」と言いふらしていた。のちにそのころの美少女にあったとき、「あのセリフはけっこう口説きのセリフとしてはよかったわよ」と言われた。その美少女は太ったおばさんになっていたのだけれど。それほどルパンには憧れていたので、青年になってからも、20代になってからも、ルパンを読みつづけた。ただし、モンキー・パンチの漫画「ルパン三世」は好きにはなれなかった。あれはアルセーヌ・ルパンにはほど遠い」

僕は基本的なことを知った。アルセーヌ・ルパン(ルパン三世のお祖父さん!)というのがいたことを。それを造詣したのがモーリス・ルブラン(フランスの小説家・1864年~1941年)だということを。要するにルパン三世の前にルパンのオリジナルがあったということ。今日もそのことを知らなかった(苦笑)。

松岡正剛さんに情報をもらう。
「ほんとうは堀口大學が訳した『813』を選びたかったのだが、いくら探しても手元になく、何軒かの本屋にも入っていなかった。これはいずれ取り寄せなければなるまい。それほど大事な本なのである。もっとも物語や筋書を紹介したいわけではなく、アルセーヌ・ルパンその人にぞっこんのオマージュを捧げたいのだから、ここではルパンが登場するシリーズなら何でもいいということになる。それでは手放しすぎるというなら、一応は『813』『奇巌城』『水晶栓』『カリオストロ伯爵夫人』『金三角』あたりをベスト5ということにしておく」

ところで『奇巌城』って何て読むんだ? 「きがんじょう」のようだ。大凡のあらすじは次の通り。
「ノルマンディーのジェーブル伯爵邸で、殺人事件と絵画の盗難事件が発生した。事件の影には、すでに伝説的怪盗として名を馳せていたアルセーヌ・ルパンの影があった。高校生探偵イジドール・ボートルレは次々に謎を解き、ルパンの足取りを突き止めてゆく。フランス王家の財宝やガニマール警部、イギリス人探偵エルロック・ショルメも絡み、事件は次第に壮大な全貌を見せはじめる」

松岡正剛さんがアルセーヌ・ルパンを熱く語っている。
「ルパンは絶対につかまらない怪盗ではあるが、おそらくそれだけでは大人気が出なかったろう。次のような条件が本物の紳士だけに与えられる勲章のように輝いていた。ひとつ、ルパンは大泥棒なのに城館かサロンにしか潜入しなかった。ひとつ、神出鬼没で変装の名人だった。ひとつ、美術品や宝物を失敬するにあたっては、その傍若無人の行為がアルセーヌ・ルパン自身の仕業であることを隠さなかった。ひとつ、洒落たヒューマニストであった。ひとつ、哀しい婦人を見ると放っておけないフェミニストであった。ひとつ、ニセモノやイミテーションを断固として許さなかった。ひとつ、資本主義の勃興に立ち向かうダンディ・アナキストであった。ひとつ、途方もない知識欲と調査力をもっていた。ひとつ、ライバルとの知恵くらべと死闘に生きがいを感じている男であった。こうした条件がアルセーヌ・ルパンをとんでもなくチャーングにしているのだが、推理小説の主人公としてルパンを成功させているのは、実はもっと別な性格付与にある。それは、アルセーヌ・ルパンが怪盗であって、同時に探偵だったということである。これによって読者はルパンの盗み方にぞくぞくするとともに、ルパンが見えない敵の罠を解読しながらその罠を潜り抜けていくスリルとサスペンスを堪能できた。そして、そのことがアルセーヌ・ルパンをして当時のフランスのサロンで最も話題になったヴァーチャル・キャラクターに仕立て上げた最大の理由だったのである」

面白そう。この正月休みに読んでみよう。
[2013/12/29 02:22] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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