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追うぞ! 千夜千冊118夜 『風姿花伝(花伝書)』 世阿弥元清
今宵ほど松岡正剛さんの説明を頼りに思ったことはない。どういうことが書かれているのかの手かがりに使わせていただく。
「では、少々ながらガイドをしておくが、『花伝書』は現代語で読んではいけない。もともと古典はそうしたものだが、とくに『花伝書』にはろくな現代語訳がない。けれども、もっと深い意味で『花伝書』の言葉は当時そのままで受容したほうがいい。キーワードやキーコンセプトは実にはっきりしている。際立っている。第一に「花」である。何をもって「花」となすかは読むにしたがって開き、越え、迫っていくので、冒頭から解釈しないようにする。この「花」を「時分」が分ける。分けて見えるのが「風体」である。その風体は年齢によって気分や気色を変える。少年ならばすぐに「時分の花」が咲くものの、これは「真の花」ではない。そもそも能には「初心の花」というものがあり、この原型の体験ともいうべきが最後まで動く。それを稽古(古{いにし}えを稽{かんが}えること)によって確認していくことが、『花伝書』の「伝」になる。第二のコンセプトは「物学」であろう。「ものまね」と読む。能は一から十まで物学なのだ。ただし、女になる、老人になる、物狂いになる、修羅になる、神になる、鬼になる。そのたびに物学の風情が変わる。それは仕立・振舞・気色・嗜み・出立{いでたち}、いろいろのファクターやフィルターによる。第三に、「幽玄」だ。この言葉は『花伝書』の冒頭からつかわれていて、観阿弥や世阿弥が女御や更衣や白拍子のたたずまいや童形を例に、優雅で品のある風姿や風情のことを幽玄とよんでいる。それは芸能の所作にあてはめた幽玄であって、むろんその奥には俊成や定家に発した「無心・有心{うしん}・幽玄」の余情{よせい }の心がはたらいている。その心の幽玄は『花伝書』の奥に見え隠れするもので、明示的には書かれていない。われわれが探し出すしかないものなのである。もし文章で知りたければ、世阿弥が晩年に綴った『花鏡』のほうが見えやすい。第四には、おそらく「嵩{かさ}」と「長{たけ}」がある。これは能楽独得の「位」の言葉であって、「嵩」はどっしりとした重みのある風情のことで、稽古を積んで齢を重ねるうちにその声や体に生まれてくる位{くらい}である。これに対して「長」は、もともと生得的にそなわっている位の風情というもので、これがしばしば「幽玄の位」などともよばれる。けれども世阿弥は必ずしも生得的な「幽玄の位」ばかりを称揚しない。後天的ではあるが人生の風味とともにあらわれる才能を、あえて「闌{た}けたる位」とよんで、はなはだ重視した。『花鏡』にいわゆる「闌位{らんい}」にあたる。第五にやはり「秘する」や「秘する花」ということがある。すでにのべたように、これは「家」を伝えようとする者にしかわからぬものだろうとおもう。しかし、何を秘するかということは、観世一族の家のみならず、能楽全体の命題でもあったはずで、その秘する演出の構造をわれわれは堪能する。このことはいずれ別の「千夜千冊」の項目で、あらためて謡曲論あるいは能楽論としてふれてみたい。こうして「花」「物学」「幽玄」「嵩」「位」を動かしながら、『花伝書』はしだいに「別紙口伝」のほうへ進んでいく。そして進むたび、「衆人愛嬌」「一座建立」「万曲一心」が掲げられ、その背後から「声の花」や「無上の花」が覗けるようになっている。それらが一挙に集中して撹拌されるのが「別紙口伝」の最終条になる。これが絶妙である。この口伝は「花を知る」と「花を失ふ」を問題にする。そして「様{よう}」ということをあきらかにする。問題は「様」なのだ。様子なのである。しかしながらこのことがわかるには、「花」とは「おもしろき」「めづらしき」と同義であること、それを「人の望み、時によりて、取り出だす」ということを知らねばならない。そうでなければ、「花は見る人の心にめづらしきが花なり」というふうには、ならない。そうであって初めて「花は心、種は態{わざ}」ということになる。ここで口伝はいよいよ、能には実は「似せぬ位」というものがあるという秘密事項にとりかかる。物学{ものまね}をしつづけることによって、もはや似せようとしなくともよい境地というものが生まれるというのである。そこでは「似せんと思ふ心なし」なのだ。かくて、しだいに「花を知る」と「花を失ふ」の境地がふたつながら蒼然と立ち上がってきて、『花伝書』の口伝は閉じられる。ぼくは何度この一冊を読んだかは忘れたが、いつも最後の「別紙口伝」のクライマックスで胸が痛くなる」

風姿花伝は、父から伝えられたものをそっくり子孫に伝えようとする情熱につらぬかれている。松岡正剛さんは現代語訳で読むなと云っているが、上述案内でおぼろげな全体観は分かるもののもう少しあらすじを知りたい。やはりその場合は現代語訳が役に立つと思う。

このような現代語訳サイトがあった。参考まで。
http://norari.net/zeami/back_zeami.php
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[2014/01/11 20:53] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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