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追うぞ! 千夜千冊112夜 『ニッポン日記』 マーク・ゲイン
凡庸な読書しかしてこなかった私は、本書に出逢えたことを大いに喜びたい。追うぞ! 千夜千冊をしていなかったら、本書を絶対に知らなかった。

松岡正剛さんもこのように本著を讃えている。
「これは日本が占領されていた時代のアメリカのジャーナリストによる克明な日記である。記念的な名著に入る。克明であるというのは、ゲインの見聞が詳細にわたっているというだけではなく、取り扱っている話題の意味、すなわち「日本をどのように変えようとしたか」という主題を深く彫りこんでいるという意味もある。日付は、著者がコーン・パイプを咥えたマッカーサーさながら厚木の飛行場に着いた1945年の12月5日から始まっている。すでに敗戦直後の混乱と錯綜はおわっていたが、最後の日付は1948年5月3日である。このあいだに日本は徹底的に「民主化」された。民主化を断行したのは占領軍であり、そのトップ集団にあたるGHQである。いまではその一部始終が袖井林二郎のマッカーサー議論を筆頭に、多くの本であきらかになっているし、NHKのドキュメンタリーなどもたびたび秘話をあきらかにしてきたが、この日記が出版された当時は、誰もが本書によって初めてGHQが日本にもたらしたシナリオを知って驚愕したものだった」

本著の邦訳初版が出たのは1951年(昭和26年)秋である。1945年(昭和20年)8月15日の終戦の日から6年数カ月が経った頃だ。当時はGHQが日本にもたらしたシナリオを誰も知らなかった。それを本著が教えてくれた。出版されてみると予想通りたちまちベストセラーになったことに頷ける。

松岡正剛さんもべた褒めである。
「おそらくいま読んでも、本書の価値はそうとうなものだろう。ともかくも敗戦直後の戦勝国のジャーナリストによる日本のリアルタイムな感想など、ほかにはめったに見られない。それにゲインの旺盛な行動力と精緻な調査力にも目をみはるものがある。毎日何本もの会見と“出動”をくりかえしているし、それも東京だけでなく、仙台・酒田・熱海・小諸・岩国・広島とダイナミックに動きまわっている。感心するのは、そのつど見聞の対象についてかなり鋭い批評が加わっていることである。いろいろ戦勝国のジャーナリストでなければ書けないことも、遠慮容赦なく書いてある。国旗日の丸のことを「肉団子」(ミートボール)、天皇のことを「チャーリー」と仲間うちで呼びあっていたというあたりをはじめ、のちに有名になったGHQ内部のホィットニーとウィロビーの対立の背景、1週間でつくられたアメリカ製日本国憲法の製造の楽屋裏、そのあいだをネズミのように動きまわった日本側の松本丞治らの姑息な動き、近衛秀麿の自殺の周辺、プロバガンダのみの賀川豊彦や冴えない吉田茂のこと、地上最大の売春計画を遂行しつつあった大安クラブやRAAの実態、財閥解体プログラムの進捗の仕方、読売騒動事件‥‥、まあ、何でも書いてあるといったほうがいいくらいだ。しかし、本書が最も注目されたのは、日本国憲法がアメリカからの「押し付け」であることを最初に公然と書いたことだった。この本が英語で出るまでは、そんなことは誰も知らなかったことなのである。もっとも、このことはいまなお論争中で、この一点をどう見るかということに21世紀の日本の政治課題の大半がのしかかってくるといってよい。その最初の一撃がマーク・ゲインによって放たれたわけである。もうひとつはマッカーサーに「天皇を日本民主化作戦のために温存して活用することを、日本の国民にさとられないように秘密裏に遂行せよ」という命令が出ていたことを、半ばスッパ抜くかたちであきらかにしたことだろう」

日本国憲法の押し付け論とマッカーサーの天皇を活かした日本民主化作戦はいまでは広く知られることになったが、本著が先駆けだとは知らなかった。

訳者・井本威夫の言葉である。
「(本著の)描写は読まるるとおり溌剌精緻であるが、そのどんな些細な点でも事実をけっしてゆるがせにしていない。こうした型のジャーナリストを持ち、また育てあげうるジャーナリズムの存在は、つくづく羨ましいものだと思う」

同感である。
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[2013/12/12 22:09] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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