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追うぞ! 千夜千冊93夜 『権藤成卿』 滝沢誠
今宵は(今宵もと云うべきか)正直よく分からない。どうも権藤成卿(ごんどうせいきょう)と云う人はこれまで無名ではあったがひとがとの思想家であり、この権藤成卿に光をあてた著者の滝沢誠がなかなか力量のある人だと松岡正剛さんは言いたいのだろう。そういうことならなんとなく伝わってくる。

松岡正剛さんの今宵の出だしはこんな感じである。
「農本主義者、アナキスト、漢学者、復古主義者、東洋的無政府主義者、ファシスト、制度学者、皇典学者、ニヒリスト。これが五・一五事件の直後の権藤成卿に冠せられた特徴である。まったく実像がつかめない。ごく初期に蝋山政道と丸山真男が権藤の思想と行動に関心をもったほかは、ほとんど研究もない。いったい権藤成卿とは誰なのか。本書の著者も、そのような関心で権藤成卿の人物像にとりくんだらしい」

権藤成卿は1868年から1937年の人生でよって69歳で亡くなった。農本主義者とはどのような人をいうのだろうか。それは明治時代以降の日本において立国の基礎を農業におくことを主張した思想もしくは運動をする者であるとされる。

松岡正剛さんは権藤成卿の出自と家庭環境(これは本著の第一章にあたる)を次のように整理してくれている。
「権藤は、明治元年に福岡県三井群山川村に生まれている。いまの久留米市にあたる。祖父の権藤延陵は、日田の広瀬淡窓、筑後の笠大匡とならんで筑後の三秀才とよばれた医者だった。延陵を教えたのは儒者亀井南溟で、南溟の門下には、かの女傑で名高い向陽義塾の高場乱がいた。父の権藤直は真木和泉・木村赤松とともに、勤皇党の領袖である池尻葛覃に学んだ。直は品川弥二郎・高山彦九郎・平野国臣とも親しく、そこには志士的な情熱が渦巻いていた。そこがこれから始まる数奇な縁(えにし)の発端だ。なにしろ高山彦九郎は権藤家の久留米の親類の家で自決したのである。これでだいたいの家の雰囲気がわかるだろうが、成卿の兄弟姉妹も変わっている。次弟の震二は東京日々・二六新報などの新聞記者をへて日本電報通信社を設立し、宮崎来城とともに「黒竜会」の創設に関与した。末妹の誠子は平塚らいてうたちと「赤瀾会」をおこした。のこりの兄弟姉妹も漢詩や和歌を得意としている」

「明四事件」というものを初めて知った。明治四年に久留米藩を舞台に発生した反政府運動で、藩主有馬頼咸や藩の重役を巻き込み有為の藩士が獄にくだり命を失うという明治維新政府始まって以来の一大疑獄事件のことである。この「明四事件」は、明治七年の「佐賀の乱」から始まる「神風連」「秋月の乱」「萩の乱」や明治十年の「西南戦争」までの反政府運動の口火になったと云われている。

松岡正剛さんの要約をみよう。
「権藤の思想と行動に影響を与えたのは、これらの家族の血と、明治4年の明治政府転覆未遂事件(明四事件)にかかわった連中である。この事件は、のちの佐賀の乱や西南戦争の九州反乱の序曲にあたるもので、立案まもなくたちまち鎮圧されてはいるものの、明治初期の事情のカギを握る動向として特筆される。そこに、松村雄之進、武田範之、元田作之進(のちの立教大学創設者)、漢詩人でもあった宮崎来城、渡辺五郎らの久留米勤皇党のメンバーあるいはシンパサイザーが陰に陽に動いていて、権藤の心に少なからぬ影響をもたらした。青年権藤はこうした背景のなか、大阪に丁稚に出たり二松学舎に漢学を学んだりしながら、ふたたび久留米に戻って24歳で結婚をする。ちょうどそのころに、久留米青年義会が父の直の煽動によって結成された。いわゆる「久留米派」である。久留米派は、頭山満・平岡浩太郎らの「福岡派」、宮崎滔天・清藤幸七郎らの「熊本派」にくらべると、知性派ともいうべき特色をもっていたが、それでも今日からみればきわめて血気に富んでいた」

その後も長々と権藤成卿の人生が書かれている。思想家になるべくもがき苦しみながら成長していったのだろう。

松岡正剛さんは次のような趣旨のことを書いている。
「しかし、いろいろ覗いていくと、そこにはひとつの一貫性がある。本書の成果がそこにある。著者の滝沢誠はその一貫性を、権藤家の家学ともいうべき「制度学」に凝視する。そしてその制度学が権藤によってさらに拡張されるにいたったのは、権藤が戊戌の政変をおこした康有為の「新学」と「新法」に影響をうけたせいではないかと推理する。このくだりが本書のいちばんの白眉である。この康有為と権藤成卿の関係で、さまざまなことが解けてくる。康有為は「大同」を理想とし、権藤はその「大同の世」をつくりたかったのである。権藤はますます独自の道を進んでいく。その特質が鮮明になっていくのは、大正12年の関東大震災前後からだった」

康有為(こうゆうい)という人が清から中華民国にかけての思想家で政治家であったこと以上のことはよく知らないが、以上でおぼろげながら権藤成卿の輪郭が見えてきた。晩年のこともつらつら書かれているがもうこの辺りでいいだろう。

で、著者の滝沢誠が長いあとがきを書いている。ここを私はじっくり読んでみた。著者は長年にわたり広告会社(電通とか博報堂とか、いやもっと中小かもしれないが)に勤務して二足わらじをはきながら権藤成卿の研究に勤しんだそうだ。要するに自慢であり本著はその貴重な成果だと胸を張っている。

私にはもう関心はないが著者は素晴らしい研究をしたのだと思う。
[2013/06/20 16:25] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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