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追うぞ! 千夜千冊84夜 『ある映画監督の生涯』 新藤兼人
まずこの本が何の本なのかよく分からなかった。

松岡正剛さんのイントロに耳を傾けてみよう。
「これは溝口健二をめぐる39人の作家や脚本家や役者たちのインタヴューを収めた記録である。インタヴュアーは新藤兼人。新藤はインタヴュー中にカメラをまわし、同名の映画をつくった。映画のほうは一人一人のインタヴューが分断され、たくみに編集されている。一方この本のほうは、その記録を一人ずつの語り口のまま残している。テープそのままのベタおこしではないだろうが、それに近いもの、口調の言いよどみなどもいかされたものになっている。どちらもおもしろいが、全記録という意味で、また語り口を活字で読む味という意味では、本書は得難い一冊になっている。なにしろ田中絹代・京マチ子・森赫子・山田五十鈴・柳永二郎・入江たか子らの役者たちから、依田義賢・川口松太郎・永田雅一・助監督たち・カメラの宮川一夫・大道具の大野松治の裏方まで、大半の生き残りのインタヴューが収録されている。この記録が何を示しているかは、新藤兼人自身は何も言おうとしていない。そのぶん溝口健二の人間のかたちが浮上するにちがいない、そういう構成だ。そこはあくまで新藤流の“演出”なのである。こういう本づくりは、ときに読者にいろいろのものを見えさせてくれる。つまり新藤の“演出”を越えたものが見えてくる。いわばオラリティによるドキュメンタリー・タッチというものだ。しかし、本書で見えてくるのは、白血病で58歳の人生を駆け抜けていった一人の異才の映画監督の人物像というよりも、一人の映像作家が生涯をかけて秘めつづけた思索と行動というものがいかに深いものであったか、そういうものは生前にそうとうに親しくつきあった者たちにとっても、容易には覗けないものだったということである。ぼくはそこがおもしろかった。そこにさらに溝口健二への共感が深まった」

ふ~ん。で、溝口健二っ誰なん? 溝口健二(みぞぐちけんじ、1898年- 1956年)は東京都出身の映画監督で女性を主人公に据えた情緒的な作品が多い。黒澤明、小津安二郎、成瀬巳喜男らと共に日本映画の巨匠の一人にあげられる。そっかー、映画監督なんだ。しかも私が生まれる前にもう亡くなっている。

松岡正剛さんの解説にしばらくつきあってみよう。
「新藤は、溝口健二が東京の下町生まれの庶民であること、小学校しか出ていない学歴、女性に対する奇妙な感覚に格別の関心をもっている。ここが新藤らしい。インタヴューでも、そのあたりのことばかりを暗に聞き出そうとしている。けれども、たとえば小学校しか出ていないことについては、「映画の大監督で小学校しか出ていないのは、溝口とフェリーニくらいのものだろう」と津村秀夫が言っているように、映画界では珍しいことなのかもしれないものの、どう見てもつまらない議論である。その小学校の同級生には川口松太郎がいた。川口は生涯にわたる刎頚の友として、『西鶴一代女』や『雨月物語』をはじめとした作品を支えた。そのことのほうが、むしろ溝口の幸運だったかもしれないし、それでも溝口はそんなことへの感謝の気持ちさえもっていなかったと言ったほうがよいかもしれないのである」

新藤兼人さんは、昨年の5月末で亡くなったから、なんとなく知っている。新藤兼人さんから観れば溝口健二は大先輩であり魅力ある映画人だったのでしょう。それでこの作品を拵えたというわけか。

溝口健二の永遠の恋人は田中絹代だと言われている。一度、溝口健二作品で田中絹代主演の映画を観てみよう。やっぱり「雨月物語」かしら。
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[2013/05/24 21:24] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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