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追うぞ! 千夜千冊85夜 『中世の文学』 唐木順三
大袈裟だと思うな、松岡正剛さん言い分は。
「この本を読んでいない人と日本を語るのは遠慮したいものだ。最初に読みおわったときに、そんな気分になったことを憶えている。それほどに、本書からうけた衝撃は大きかった。あまりに大きくて、本書の思索の跡をそのまま引用しないで日本を語るにはどうすればいいか、ぼくはずっと病気に罹ったようなもので、その影響から脱出するのにたっぷり10年以上がかかってしまった」

どうも本著は第一章「中世文学の展開」だけを読めば事足りる風である。とっても窮屈だったが一言一句を読んでみた。文字が旧漢字で読みづらい。でも著者が何を云いたいのかなんとなくわかる気がする。

さて、唐木順三とは誰なのか。1904年(明治37年)から1980年(昭和55年))まで生きた評論家であり哲学者だと知る。

松岡正剛さんは参考情報として以下のことを知らせてくれている。
「参考¶唐木順三の著作は、本書と同じシリーズである筑摩叢書の次の本がまことに滋味深い。いずれも唐木が本書ののちに深めていったものである。執筆順にいえば、『千利休』『無用者の系譜』『無常』、そして『日本人の心の系譜』というふうになる。とくに『無常』が圧巻である」

ふ~ん。しんどそう。その『無常』とやらを読んでみるぞという気が起こらない。でもいつの日にか目を通そうかしら。

ところで、第一章「中世文学の展開」に何が書いてあるのかということなのだが、一 すき、二 すさび、三 さび、とある。“日本的なもの”と仮に呼んでおこう。そういう“日本的なもの”が紐解かれていっていると知った。

ここは松岡正剛さんの解説に頼ろう。
「唐木順三は『井蛙抄』の挿話から、この一冊の思索を始めている。「文覚上人、西行をにくまれり」である。出家の身でありながら数寄に遊んだ西行についての文覚の印象を突端に置いて、以降、唐木は「数寄とは何か」という思索にふける。いったい数寄はディレッタンティズムなのかという問いが始まり、中世の初期では数寄が「外形を極微のところまで凝縮した栄華」だったことをつきとめる。それがしかし、長明で変わってくる。「数寄に対する執着にのみ頼ることが数寄」ということになっていく。ここで風雅を友とする数寄が生まれる。ついで数寄の背後にある「すさび」が問題になる。そこには「心理を離れた裸形の現実」がある。それは『徒然草』の思想でもある。裸形の現実を見つめると、そこには無常が見える。無が見える。そこで兼好は、数寄の心をいったん否定する。しかし、思索はそこにとどまらない。唐木の「すさび」はさらに「さび」にまで進む。「さびはすさびと同じ語源をもちながら、すきをも止揚する」。そこにあらわれるのが世阿弥である。世阿弥は数寄を「せぬ隙」にさえ見とどけた。ここから芭蕉へは一跳びである。唐木はそのことをしるして、序文をおえる。そして、このあとを、長明、兼好、世阿弥、道元、一休、芭蕉という順で、ゆっくりと日本の中世を紐解いていく」

まぁ、今宵はこんな具合なのだ。
[2013/05/30 20:55] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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