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追うぞ! 千夜千冊74夜 『マン・レイ』 ニール・ボールドウィン
マン・レイって誰なの? 今宵はそこの理解から始まった。1890年-1976年にアメリカで活躍した、画家、彫刻家、写真家であることを知った。

松岡正剛さんがこのようなエピソードを伝えている。よく読んでみると本著の末に訳者あとがきに同じことが書かれている。松岡正剛さんが引用しているのがすぐ分かる。そんな都合よく記憶が蘇ってくるものですか。
「7、8年前にロンドンのサザビーズで、マン・レイのオリジナル・プリント『ガラスの涙』が2000万円で競り落とされたというニュースを聞いた。一枚の写真の値段としては、これが史上最高だったらしい。ついにマン・レイも考古学になったのかという感慨が深い」

松岡正剛さんが取り上げるぐらいだから非凡なる芸術家なのだろう。本著はマン・レイの優れた評伝のようだ。シュルレアリスム写真家と呼ばれているがどういう写真家のことなのだろうか。超現実と云われても訳が分からない。現実離れしているという印象を受けがちであるが、超現実、すなわち現実の上位に存在している概念で無意識における心象風景を捉えるところに重きを置くとされる。そう説明されてもなお理解できやしない。57夜のマルセル・デュシャンのような感じなのだろう。

松岡正剛さんもマイ・レイのマルセル・デュシャンとの関係について言及している。
「1911年、この画廊でセザンヌ展が開かれたとき以来、青年マン・レイはここに入りびたりになる。次のピカソ展を見たあとは興奮さめやらず、父親の裁断室の床や棚に散らかっていた布切れでタペストリーをつくる。父親はいっぱしのアーティストになったのである。そこへあらわれたのが、フランスからやってきたマルセル・デュシャンだった。デュシャンはニューヨーク中の話題をひっさらう『階段を降りる裸体』によって、あっというまにスキャンダルの渦中の人となった。が、デュシャンはあくまで静かだった。するすると美術の現場から身を引いていったのだ。その生き方にマン・レイが惹かれていく。芸術の扱い方に感心する。このとき以来、二人の親交は死ぬまでつづく。「心が騒いだ」とマン・レイはそのときのことをのちに一言だけだが、書きしるしている。」

手っ取り早くマン・レイの創作を観てみよう。

ガラスの涙
chemicalsintears1.jpg

天文台の時-恋人たち
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アングルのバァイオリン
Ingress20Violin.jpg

まぁ、こんな感じなんだな。
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[2013/04/11 21:40] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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