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追うぞ! 千夜千冊81夜 『ぼくは散歩と雑学がすき』 植草甚一
植草甚一は、明治41年に生まれ昭和54年まで生きた、欧米文学、ジャズ、映画の評論家である。

松岡正剛さんの紹介よると、
「植草甚一は、そのノーマン・メイラーの時代感覚をそのまま引っ張って歩いているような、しかもちょっとした喫茶店では必ず出会う変なおじさんだった。少なくともあの独得な植草エッセイを、「話の特集」や「宝島」などの雑誌の片隅で読んだときは、そういう印象をもった。実際にも、本書も「ヒップって何だ、スクウェアって何だ」の感覚を遊ぶところから始まっている。「ヒップとスクウェア」は、ノーマン・メイラーが好んで言い分けてみせたアメリカン・テイストの代表的な感覚用語なのである。ここから「ヒッピー」という言葉もつくられた。もっと以前の50年代は「ホットとクール」などともいっていた」
*ノーマン・メイラーは米国の作家。

変なおじさんなのだ。その変なおじさんが書いたエッセイだ。ぎっしり書いてある。こんなのくそまじめに読まなくてもよい。

松岡正剛さんが云っているように、
「本人が書いているように、植草甚一は雑学の大家である。やたらとペーパーバックスを読みちらし、やたらとミステリーと文房具に詳しく、やたらとジャズと映画と雑誌記事を知っている。エッセイは、どんなときも、まるで喋るように書いてある。いま書こうとしているテーマや出来事を書く気になったきっかけが一緒に書いてあるために、誰もが入りやすく、読みやすい。そして捨てやすい。おそらく、今日のどんな雑誌のコラムにもつかわれている「フツーの文体」「ジョーゼツ文体」の基本スタイルは、きっと植草甚一がつくったのではないか、元祖なのではないかとおもわれる」

ポップカルチャーとは大衆文化のことで、一般大衆が広く愛好する文化のことであるが、植草甚一は米国のポップカルチャーを愛好していたらしい。

松岡正剛さんに言わせるとこんな具合である。
「まあ、こうやって70年代の植草本は、ぼくに未知のアメリカ的発想をふんだんにもたらした。それは常盤新平や片岡義男がもたらすものよりも、ずっと多かった。たとえば「ニューピープル」という言葉。この意味はdesexializationをおこしつつあるアメリカの男女のことで、そのことについて当時はニューヨーク大学のチャールズ・ウィニックが大論文を書き、それを植草が紹介したのだが、そこにはアメリカのそういう“人種”がどのような下着をつけ、どんなヘアスタイルを好み、ゴムバンドをどこにするか、そういうテイストをそれぞれどんなスラングでよぶのか、そういうことがしこたま書かれているわけである。
 これは社会学者が「ニューピープル」や「フリーク」や「トラスヴェスティズム」(異装趣味)をくだらない学術用語で解説するよりも、ずっと粋であり、かつ有用だった」

きっと松岡正剛さんの思い出の本の一冊なのだろう。
[2011/11/27 21:54] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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