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自由
自由という言葉と向かい合うとき、私の観察では、人により3つの関心の持ち方があるように思える。

1つは、自己の意志により行動するのか、又は他者の意志により行動させられるのか、という事柄に対する関心である。一般に前者を自由と云う。

2つは、自分とは何者かという事柄に対する関心である。一般に自分自身の本性をよく知っていることが自由に近い。

3つは、責任の付随や連帯の形成と併せてみる事柄に対する関心である。一般に自由とはそれらを伴っている方が高質であろうと思われている。

上記が、自由を観察する3つの観点だとしよう。若い人(20代以下、30代)は、2や3に相対的に関心が高い。しかし年配の人(40代以上)は圧倒的に1に関心があるのではないだろうか(1にしか関心がないという人もいるぐらいだ)。

それはいたって簡単な理由である。見識のある人は、私は誰でしょうかなんていう問いにはアホらしくなり、自由に責任が伴いますとか自由はあっても孤独は寂しいですとか、そのようなことは当り前すぎて真剣に考えることでもなかろうと思えるからだ。

時間を支配する自由か、時間を支配される奴隷か、究極はこの問いに帰結するし、自由の本質は時間の支配以外の何物でもないと悟るのである。
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[2011/10/24 15:05] | 未分類 | コメント(0) | page top
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