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からだ
からだは、身体とか、体とかと、ふつう書く(躰、躯という字を用いるときもある)。人はからだを通して物事を感知する。目を通して色を感知し、耳を通して音を感知するという風に。だから人はからだが感知し得ないものは認識し難い(認識できないとは言っていない)。

ならば人が認識し難いものは存在しないのか。そうではあるまい。この証明はいたって簡単だ。見えない者に色は感知できない。聞こえない者に音は感知できない。しかし色や音は存在している。

同じ理屈で、ふつうに健康な人が感知できないからと言って、あるものが存在しないとは言えないだろう。例えば、魂や霊と言ったものである。特殊な能力を持った者は、それらの存在を認識しており対処している。

私はここでオカルト的な話をしようとしているのではない。人のからだとは機能であると同時に制約でもあるということが云いたい。

人はからだを機能として用い物事を感知する。それは誠に必要な事である。しかし同時にからだは制約でもあるのだから、機能があるからと言ってからだを過信してはならないということだ。

森羅万象を認識しようとする場合に、認識=からだを通した感知だと、視野を狭くしないようにしたいものだ。
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[2011/10/22 19:50] | 未分類 | コメント(0) | page top
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