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追うぞ! 千夜千冊56夜 『闇の歴史』 カルロ・ギンズブルグ
久しぶりに「追うぞ! 千夜千冊」に戻ろう。まだ56夜。本家は現在1434夜まで進んでいるから、追った率は未だ4%ぐらい。

今宵の本を一応読んではみたものの、何が書いてあるのかさっぱり分からない。松岡正剛さんの著作に『フラジャイル』があるが、それを書くのに今宵の本がトリガーとなったと説明されている。

カルロ・ギンズブルグは現在存命している歴史家である。1939年イタリアのトリーノに生まれ、ピサ高等師範学校専修課程を修了した。長らくボローニャ大学で近世史講座の教授職にあった後、1988-2006年カリフォルニア大学ロスアンジェルス校で教え、現在はピサ高等師範学校教授であるそうだ。

松岡正剛さんの解説を見よう。
「本書におけるギンズブルグの問題意識は、ヨーロッパの根っこにある悪魔信仰にひそむ疑問を解くことにあるのだが、ぼくが関心をよせたのはむしろ第3部のほうで、そこには足に傷のある英雄たちの話、跛行の人物の宿命、片足にしかサンダルを穿いていない者の物語といった、主にギリシア神話に登場する者たちの特異な共通性についての推理がはたらいていた。詳しいことは『フラジャイル』に書いておいたので、それを読んでほしいのだが、一言でいえば、これは「欠けた王の伝説」をあきらかにする有効なアプローチのひとつなのである」と書いてある。

それが一体どうしたんだと私には何の関心も湧かない。

さらに松岡正剛さんに耳を傾けてみる。
「われわれはつねに欠陥をもっている。あるいは人に言えない弱点をもっている。その欠陥や弱点は近現代ではすべてネガティブな問題として扱われるようになった。身体に傷があること、心理に片寄りがあること、あきらかにしたくない出生の秘密があること、経歴に世間が汚点だとみなすようなものがあること、内臓や呼吸器官や視野に疾患があること、血縁に異常者がいること、貴賎を問われる職業にひそかについていること‥‥そのほかいろいろである。これらは近代社会では隠さざるをえない特徴になった。資格や水準や平均を設定したからである。しかし古代中世ではこうした問題は隠しきれるものではなく、往々にしてあからさまであった。そのため烙印をおされ身なりを限定されて、「化外の者」や「埒外の者」として扱われるばかりか、ときに特定の地域に住まわされることも少なくなかった。ところがその一方で、こうした者たちにひそむ「力」や「能」がいちじるしく注目されることもあったのである。欠陥や弱点がかえって逆に「聖なる力」や「観音力」になったりしていることも少なくなかったのだ」

サバドというのは、ヨーロッパで信じられていた魔女あるいは悪魔崇拝の集会のことだろう。その闇の歴史を欠陥や弱点の観点から読み解いていこうという趣旨のようだ。

松岡正剛さんに、
「もっと決定的なのは英雄とおぼしい人物たちにこそ、意外な欠陥や弱点が目立っていたことである。わかりやすい例でいえば、たとえばアキレウスにはアキレス腱があり、弁慶には弁慶の泣き所があったのだ。そして、その欠陥や弱点ゆえに、アキレウスはアキレウスであり、弁慶は弁慶たりえたのである」と説明してもらえると何となく趣旨が分かる気がする。

さらに松岡正剛さんは、
「神話の主人公たちばかりではない。だいたい桃太郎も一寸法師も鉢かつぎ姫も、多くの昔話の主人公はハンディキャップを背負っているものなのだ。ぼくは、ヒーローやヒロインにこのような意外な弱点があることをまとめて「欠けた王の伝説」と総称したいと思っていた。それを新たな研究課題としてもっと深めてもみたかった」とも言っている。

物語の作り方が話題なのだろうか。古代の語り部と近代や現代での解釈は随分と異なるということが言いたいのだろうか。その意味で、我々が見失った物語の構造の奥深さに戦慄するだろうとでも言いたいのだろうか。

松岡正剛さんの問題意識らしきものは、
「かつては欠陥や弱点を指摘することが物語を語る者の特権になっていたのかもしれないということだ。これは今日の社会ではまったく考えられないことだろう。なぜならわれわれは、社会的に欠陥や弱点を指摘しないようにすることによって、あたかも平等と均等の社会をつくっていると錯覚してしまっているからだ。もうひとつにはこうである。実はかつては、神話や物語というものは、そこに何かが失われたことが発見できたときだけ生成することができるような情報構造だったろうということだ。そうであるのなら、われわれは明日の神話や物語をつくりだすには、何か決定的なことを失うしかないということなのである。いったい何を失えば新たな神話を取り戻すことができるのだろうか。この二つのこと、いずれも慄然とせざるをえない。そんな推理を成立させるために何事かをなしえるのは、いまのところは詩人か物語作家か風変わりな宗教家か、あるいはどこかの国の独裁者であるのだが」とある通りのようだ。

いろいろ書かれてはいるが、私にはまるで理解できなかった。今宵は外れ本(あくまで私にとってのことだが)。さっさと次へ進もう。
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[2011/10/16 17:07] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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