FC2ブログ
「決意を新たにする」を疑って観る
決意を新たにする。こういう言葉が多用される。何か失敗したとしよう。それで痛手を被ったようなときだ。決意を新たにして明日から自分を変えると云うように用いる。

正直、そんなので人は変わらない。まるで甘い人間観察だと思う。そのような決意などは人を変える大した原動力とはならない。

人が変わるときは次の3つの場合でしかない。それらは心情的なものではなくて、すべからく物理的な対処である。

1つは、今までやっていたことをしない、若しくは今までやっていなかったことをする時である。つまり時間の使い方をこれまでと違うものにするということだ。

2つは、自分の居場所を変える時である。実際に住む(働く)ところを変えるのも宜しいし、まったく違う役割や、これまでにやったこともない使命を担うのもそれに相当しよう。

3つは、これまでの人を断つ時、もしくは新しい人と関係を持つ時だ。つまり、周囲の人との関係を入れ替えるということだ。

これら3つの場合がリアリティと云うもので、あとはその行動が伴っているかをチェックすればよいだけのこと。

誰かが「決意を新たにする」と言ったとしよう。基本、彼・彼女を疑って観よ(確率は低いもののほんとうに変わる人もいることはいるが)というのが常識だと思う。それほど「決意を新たにする」は易い言葉に成り下がっている。
スポンサーサイト



[2011/10/06 04:53] | 未分類 | コメント(0) | page top
| ホーム |