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エネルゲイア
人間は生き物である。この自覚が私を変えようとしています。

これは、人間の本体は思考する実体としての精神(理性)であるとするデカルト哲学の根本原理への真っ向からの挑戦です。

エネルゲイアを活動と言いキーネーシスを運動と言う。活動と運動? 最初はさっぱり分かりませんでした。およそキーネーシス(運動)は未完了的であるのに対し、エネルゲイア(活動)は開始された瞬間から活動が活動として完成されていて諸条件が許すかぎりそれはいくらでも持続することができる。

ここまで読まれても何のことか分からないでしょう。人間は生き物であることを自覚したのならエネルゲイア(活動)がまずありきでないといけない。それなのに現代人はキーネーシス(運動)(=デカルト哲学と言ってもよいかもしれない)のみに夢中になりすぎている。エネルゲイア(活動)を取り戻すべきだ。まぁこんなことを言いたいのです。

私流の定義ですが、エネルゲイアとは「私が私としてあり続けるための能力拡張行動」(一方のキーネーシスは「目的達成行動」)です。人間という生き物は、諸能力を形成・獲得し、(1)その完成された能力を発現させ、そして(2)諸能力を用いた目的達成行動を行います。必ずこの3つのステップを歩む。(2)(キーネーシス)のキーワードは「目的」です。(1)(エネルゲイア)のキーワードは「有る」です。

デカルト原理のもとではキーネーシスとエネルゲイアという区別そのものが概念的に存在しませんから、あらゆる行動は理性的であり、目的遂行的かさもなければ非合理的かとなります。でもよく考えて下さい。人生の目的とは何か。この問いがいかにナンセンスか。目的が達成されたら行動は終わるのです。よしんば人生に目的があるとしましょう。ではその目的が達成された人生は終わるのですか。そんなバカなですよね。

ここからはエネルゲイア実践論のほんの触りです。
人間という生き物に必要な三種の能力があります。エネルゲイア三要諦です。ちなみに内容は私のものですからご参考程度になさって下さい。大事なことは「目的」を持たないということです。なぜなら「私が私としてあり続けるため」なのですから。ひたすら習慣化するだけです。
(1)健康能力
男の体重は60㎏台、食べることに命をかける、生涯ヨガをする
※我が心と体の生理現象が病理現象に移らぬように免疫を十二分に働かせる。
(2)環境能力
善い事業経営、整理整頓が行き届き快適な自宅とオフィス、教養主義
※その環境に身を置いたら倫理・秩序・真理の波動と共振できるようにする。
(3)親交能力
愛する人と共に、家族・親族との絆、同志・仲間との交流
※私を私としてあらしめてくれるかけがえのない人たちと時間をともにする。

自分のエネルゲイアを自覚したあとは実践のレパートリーを拡大してゆく過程に入ります。普段のこの基盤があってこそ問題が生じたときにとるキーネーシスが活きてくるのだと思います。

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[2011/08/23 04:11] | 未分類 | コメント(0) | page top
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