スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
キャリア運勢論2 石見一女さんへのお返事
とても興味深いご指摘いただきありがとうございます。できたら何回にもわたってキャリア運勢論を語りたいです。

キャリアを歩む者は誰しも例外なく岐路に立ちます。「人生の岐路に立つ」と云いますと、それは将来が決まるような重大な場面にいることを指します。岐路とは文字通り分かれ道ですから、どの道を選択するのかということです。大事な問いは、何を基準にして道を選ぶのが良いのかということでしょう。

今のキャリア開発論でしたら、自分ができること、自分がしたいこと、自分がすべきこと、そう云った観点から考えなさい。そんなアドバイスをするのでしょうか。

私が提唱するキャリア運勢論では、その基準は「美しさ」だと信じます。「美」という観念はこの世に実在する観念のなかで最も多様な姿を持つのではないでしょうか。何を「美しい」と感じるかは人それぞれということです。

キャリア運勢論カウンセリングではこんなエクササイズをしてもらいます。あなたの人生のなかで「美しい」と感じるものを3つ挙げて下さい。そしてそれらがなぜ「美しい」と感じられるのかを説明して下さい。

ある方の例を紹介しましょう。その男性の「美しい」と感じるものは、青空に浮かんだ雲、すやすやと眠っている娘の寝顔、ふっくらとした女体、この3つでした。それらがなぜ「美しい」と感じられるのかについては、自然に人力は及ばない、子供への無償の愛情、女性の身体は芸術的? だからだそうです。

このエクササイズを通して、その方なりの「美しさ」を想起します。そして本題です。さぁ、いま貴方はキャリアの岐路に立っています。眼前の選択肢(具体的なキャリア計画)をそれぞれ歩んでいる自分を想像してみて下さい。どの道を歩んでいる自分が「美しい」と感じますか。これにより導かれた答えに沿うとキャリアの運に勢いがつくのです。

石見さんは「自分でコントロールしようがない事象を運という」とおっしゃいました。コントロールはできないけれど、運の善し悪しは感じることができると私は思います。人はその判断を「美しい」という観念のなかに見出します。「美」は、大いなる力でありサムシング・グレートです。大事は「美」への帰依です。これを実践するとき、幸運に近づき悲運が遠のくのだと思います。

キャリア運勢論を語りあうとは、我々のような人事・人材開発に関わる者が、自らの職業使命の究極の価値観を問い直すことでもあると思えて仕方がありません。

石見一女さんは私の先輩で、私のキャリアの節目・節目で善きアドバイスをいただいてきました。この度、こういう機会をいただけましたこと心より感謝しております。


株式会社キャリアステージ の石見一女さんから頂いたコメント

プロジェクトラーニングという会社を経営されている平野さんがtwitterで「キャリア運勢論」に本格的に取り組みたいと書いていらした。
その話題によせて、私の勝手な思いつき話。
自分でコントロールしようがない事象を運というのであれば、
・人は自分の出生の条件を自分で決められない。
・たまたま知り合った人が、自分にとってよい影響をもたらすか、悪い影響をもたらすか、これも自分で選択しきれるものではない。誰しもよい人、悪い人に出会うものである。
・性格や適性、能力、行動特性といった個性も先天的要素が強いものは運である
・事故にあうか、あわないかも運
・ラッキーなことも運
運勢とは、そのまま読めば「運」の「勢い」だ。
運はコントロールできなくても、勢いコントロールできる。
キャリアは自分の運にいかに勢いを持たせるか、で異なってくるはず。
ちなみに、自分自身を含め、これまでいろんな人に出会って感じるのは、
結果的によいキャリアを積んでいる人は、たまにやってくるラッキーな機会を自力でモノにしてきた人。
よいキャリアになりきれていない人は、ラッキーな機会をモノにできなかったり、それがラッキーなものと気がつかないで、ひとりよがりになってしまっている人。
ベンチャー企業で、そこそこ成功した社長さんたちは、かならず「自分は運がよかった」といいます。
など、つらつら考えました^^
キャリア運勢論、平野さん、面白い着眼点ですね~
スポンサーサイト
[2011/06/06 04:16] | 価値ある商品 | コメント(0) | page top
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。