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4.11
明日、東日本大震災から1ヶ月を迎えます。振り返れば、震災1週間後の3月18日金曜日には多くの人が黙祷しました。無言で今災害の死者の霊に祈りを捧げたのです。その祈りは当然に今を生きる人たちへの命の大切さの確認でもあったでしょう。このように人は時の流れに意味ある地点を設けて大事を反芻するのです。

間違いなく2012年3月11日は特別な日となりましょう。週と年の間には月があり、4月11日もその意味ある地点です。1週間というのは、とにかく救命・救出です。それ以外の余裕などない。一方1年というのは、一応の復旧ができて復興へ今後どれだけ伸展できるか、そのような評価の地点となりましょう。ならば1ヶ月とはどのような時間と考えればよいのか。

後の余震はあるものの本地震と津波は過去形で、福島原発事故は現在進行形です。4月11日はその状態にある。ただし過去形と云えども本地震と津波による死者の発見と確認は今も続いており、被害の全体たるや未だにはっきりと見えていません。福島原発事故に至ってはまったく予断を許さない状況です。その意味では、東日本大震災から1ヶ月後という地点は現状問題の対応の域を出ていない。しかしながら3月18日とは明らかに違うとも思います。それは、明日への希望がふつふつと芽生えていることだと感じています。

明日4月11日、各種メディアを通じて多くのメッセージが放たれるでしょう。私は、その多くが日本で生きる人々への展望であることを切に願っています。展望とは、社会動向を広く見渡すことでありその見通しを云います。メッセージの発信元は、個人でも、企業でも、そして国や行政でも構わない。どれだけ日本に安心と希望を与えることができるかということが肝要です。

4.11という表記は、おそらく私のオリジナルでしょう。4.11=展望、そういう意味ある地点を明日に迎えるのです。

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[2011/04/10 06:46] | 観察眼 | コメント(0) | page top
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