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東北関東大震災5
被災者がやむなく生まれ故郷を離れざるをえないのは致し方のないことです。加えて被災しておらずに関東圏に暮らす人のなかにも、東京からすでに出て行った人や今から出て行こうとする人が多いと聞きます。これは、そのあと頻繁に来ている余震に不安な気持ちとなったり、福島原子力発電所の事故が予断を許さないために大きな恐怖を覚えているからでしょう。そういった行動を誰も非難できないし各自の判断に任せるしかありません。

こういう大震災が起こりますと誰もが自身や家族の愛する人の命を守ろうとします。それが人間でありその行いは尊いと思います。同時に人は社会に何か役立って生きたいとも考えます。働く人ならばそれを職業使命と呼ぶでしょう。私は、この大きな2つの大事、すなわち「命を守るということ」と「職に資すということ」は同価だと感じています。

後者の方を少し考えたいと思います。私の頭に浮かんできたのは「我々(私)は○屋か」という問いでした。つまり、我々(私)はどのように世の中に役立つことをしているから経済的にも社会的にも生かされているのか。電力会社ならば安全に経済合理的に電力を供給してなんぽ。鉄道会社も安全に経済合理的に輸送を供給してなんぽでしょう。パン屋は美味しいパンを作ってたくさん買ってもらってなんぼです。

我々(私)は○屋と思うのならば、それを全うするのが務めです。例えばプロ野球のセ・リーグの公式戦開幕日を今月中とするのか、それとも4月に延期するのかともめています。その状況や関係者の心情はよく分かります。しかしそれでも、巨人・原監督と楽天・星野監督とのコメントの差に、各々の職業使命の深さの違いを見ます。巨人・原監督は「われわれは日程にあわせて調整していく」と述べたのに対し、楽天・星野監督はややキレ気味で延期は当然というニュアンスでした。野球人とは野球してなんぼの人たちです。私は、原さんは偉いと思います。

今回のような天変地異がおこったときに、とにかく真っ先には「命を守るということ」が大事なのですが、日本がすべて壊滅したわけではないし、時間の経過とともに、同時並行して「職に資すということ」が起こらないといけないと思うのです。各種イベントの中止や延期の通知の枕詞はおおかた「今回の大震災の影響により」となっています。世の不謹慎モードに同調している実に薄っぺらい対処です。致し方のないことは重々に承知しながらも、我々(私)は○屋だから○をするのみ、こういう姿勢と行動が大事なのだと思います。

(終り)
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[2011/03/21 03:45] | ニュース | コメント(0) | page top
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