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東北関東大震災1
ここ1週間、仕方なく自宅にいました。集中力に欠き何にも手がつけられませんでした。ようやく記録に残しておこうという気になり、この未曽有の大災害の実感を数回にわけてアップします。

3月11日金曜日午後、私は大阪にいました。15時前にTwitterにより東北で大地震の報を知りましたが所用に入りました。それが終了したのが17時30分ごろ。千葉県茂原市の自宅に電話がつながりません。そのまま次の所用に入り、大阪の実家に戻ったのは22時前でした。テレビで悲惨で壮絶なる状況をみて絶句。何度も自宅に連絡を取ろうとしますが電話がつながりません。そのような時に家内からのメールが大幅な時間差で届き家族が無事であることを知りました。

翌朝、帰るべきか、大阪に残るべきかを思案しました。東京では、JR東日本が昨日は運転を見合わせたそうで今日は動くのかどうか分からぬままでしたが、新幹線は平常通りとのことでしたし帰る決意をしました。朝から自宅と連絡も取れ安心は増しました。朝はそんなに急がなかった。新大阪駅はごった返していてチケットを買うのに時間を要しましたが11時の新幹線に乗ることができました。

前夜のテレビで東京には大勢の帰宅困難者がでたことを知っていました。JR東日本も早朝から運行したので午前中には大方の人が帰れたのではないでしょうか。千葉までは総武快速が走っていました。とりあえず千葉駅に着きました。外房線(千葉-安房鴨川)の運休は続いていました。となるとバスかと思いあたりを確認すると茂原まで行くのはなく、近くまで行くバスには長蛇の列ができていました。タクシーを考えましたが、そのような時にTwitterにより外房線は18時頃に運転再開との見通しを得ました。

そこでこのまま千葉駅にとどまることを決めました。千葉そごうは営業していましたが飲食店が閉鎖されており、唯一営業していた神戸カプチーノ倶楽部で待機しました。幸いにも土曜日でしたのでゆっくり過ごすことができました。昨日の地震は、殊に15時すぎの茨城沖を震源とするものが房総半島には厳しかった。銚子市や旭市が被災していることをニュースで知りました。

千葉駅から外房線が動いたのは19時前でした。「この列車が地震後初めての運行となります」というアナウンスが「どうにも走り出してみないと安全なのか分かりません」と言われているみたいで心配でした。35キロ走行のノロノロ運転です。気のせいか、線路と列車の接触音がなんだか変であるようにも感じられました。それでも運行することが鉄道事業者としての使命だろうにとも強く思いました。ようやく茂原駅に到着。帰宅は21時頃でした。

自宅の倒壊や破損を覚悟していましたが、幸いにも何の被害もなく胸を撫で下ろしました。余震が頻繁に起こっています。NTTドコモの緊急避難速報が何度も鳴っています。家内と状況を共有し家族の無地を知り安堵しました。こんな時に風呂に入れる有難みを全身で感じました。こうやって地震翌日の長い一日を終えたのでした。

(続く)
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[2011/03/17 05:13] | ニュース | コメント(0) | page top
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