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追うぞ! 千夜千冊51夜 『内部観測』 郡司ペギオ幸夫/松野孝一郎/オットー・レスラー
今宵は難解です。私は最初から読むのを諦めました。ただISIS編集学校の離を受講していましたので松岡正剛さんがどうして本著を千夜千冊したのかはなんとなく分かる気がします。

その松岡正剛さんの問題意識を聴きましょう。
「われわれはわれわれ自身の経験のすべてを、われわれ自身をふくむシステムにひそむ進行中の観察力によって記述する方法をもっているのだろうか、もっているのだとすれば、それはどういうものなのか」

本著『内部観測』は表題通り上の松岡正剛さんの問題意識がテーマとなり論じられているのです。

松岡正剛さんは「内部観測問題」を次のように重要だと述べています。
「この問題が思考や思索にとって、あるいはシステムとは何かということにとって、格別に大事な問題で、それがやがて科学のどこかの場面で重視されるだろうことだけは、はっきりわかっていた。もし、科学が議論できないのなら、哲学が新しい存在学として、このことをとりあげるべきだろうとも思っていた」

著者は3名ですが、郡司ペギオ幸夫さんが他の二人より約20歳若い。現在52,3歳ぐらいでしょうか。3名の学問的背景は、各々理論生物学、生物物理学、物理学とあります。どうやら松野孝一郎さんがリーダー役で別に単著で『内部観測とは何か』を著しています。

で、内部観測とは何かですが、本著を読んでも意味不明なので松岡正剛さんの要約が頼りです。
「内部観測とは、ふつう考えられているような認識の対象ではない。内部観測を認識されるべき対象とするというようなことは、ない。まず、このことをつかむ必要がある。では、どういうことが内部観測かというと、むろん認識もふくむのだが、その認識を成立させている経験そのものの全貌を可能にしているしくみの根底にあるだろう「何か」、その「何か」を、それらを経験をしている者自身が観察するとはどういうことなのか、そのことを考えようとする、あるいは見ようとすることなのだ。この「こと」のいきさつのすべてを取り扱う視点が、内部観測なのである」

私にはこの要約でさえ理解できないです。さらに松岡正剛さんは要約を続けていますがさっぱり分かりません。

私が自分で分かる言葉であらわしますとこんなことなのでしょうか。つまり、システムで生起している現象をシステム内の一要素が観測するとします。内部から関わりのあるものが観測するため、観測行為がシステム内の現象を変える可能性があります。例えば、政権闘争の担い手である政治家が何かをしゃべり行動することで本人が思っても見ない力関係を生み政局が変化するとかです。こういったことの全体像をどのように俯瞰しとらえるのかということかしら。

で、それが科学の発展に何がどのように大事なのでしょう。また機会があれば学ぶことにいたしましょう。
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[2011/01/30 07:15] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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