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追うぞ! 千夜千冊44夜 『きもの』 幸田文
今宵は一字一句を読みました。というかこの作品はもう三度目です。松岡正剛さんの世界読書奥義へ少しでも近づこうと、 追うぞ! 千夜千冊 を自主的にやっているわけですが、44夜やって私の趣味にあった本は数冊も出てきません(本著は例外)。いかに自分の読書が偏っているかを思い知らされます。

松岡正剛さんの書き出しです。
「どんな作品にもつねに未完成がつきまとう。(中略)幸田文のこの作品は、生前には発表されなかったものである。短編ではない。長編小説といってよい長さがある、幸田文の最も自伝性が濃い作品といってよい。それなのに作者はこれをまるで反故にするかのようにほったらかしにしていたようだ」

主人公のるつ子を幸田文と思えばよいのですね。

幸田文は43歳で作家活動に入ったと云われています。父露伴の死と同時であったそうです。生前の代表作はもちろん『流れる』でしょう。松岡正剛さんが云うには「それまでずっと抑制されてきた創造力の香気が一挙に吹き出した」かのようだと。

松岡正剛さんはこんな逸話も紹介されています。
「ぼくは、ぼくの父が文さんと交流があったことも手伝って、幸田文という人にたいへん粋な親しみをもってきた。(中略)それでも、文さんは京都にくると、ときどきは父を呼び出していた。ぼくも二度ほどくっついていったことがあるが、まさに「気っぷ」のいい、声も笑顔もすばらしいおばさんだった」

そんな幸田文は50歳半ばから、どうして自分の作品が本の形をとることに熱意を失ったのでしょうか(『きもの』は彼女の死後に出版されています)。

解説で辻井喬がこう述べています。
「文豪・幸田露伴の死によって解き放たれた想いが、十年ほどの開花のあとで燃焼の第一段階を終えたと見ることができよう。作家の生命が次の燃焼へと向かって第二の開花を準備しはじめることも大いにあり得ることだ」

偉そうに私が云うのもなんですが、『きもの』は幸田文の精神の修成をたどる物語だと思います。この時代、厳格で哲学を持った父親、愛情深く忍耐力を持った母親、そして経験の裏付けを持ち洞察力に富んだ祖母がいました。こういう家族に交り合い、るつ子はきものを通して女性としての心身を育み、しだいにめざめていったのでしょう。

『きもの』は明治以後の社会と人間の精神構造をよくあらわしているのではなかいと思えます。そういう生活を身を持って体験し教養豊かな幸田文にしか書けない作品でしょう。だから貴重なのです。

松岡正剛さんのアドバイスに沿い(「幸田文については、文の娘である青木玉が綴っている本、たとえば『幸田文の箪笥の引き出し』などを読むと、いっそうその人生の感覚と粋の細部にふれることができる」)、青木玉も読んでみたいです。
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[2010/11/17 04:20] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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