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追うぞ! 千夜千冊39夜 『フランスから』 高田博厚
河井寛次郎(5夜)のケースに似ていると思い、かつて河井寛次郎記念館を訪れたように、今宵も安曇野市豊科近代美術館(高田博厚の彫刻作品のほぼ大半が収蔵されている)に作品を観に行こうと思いました(どうしても時間がとれず未だ実現していませんが)。

「高田は精神を形作る本当の芸術家です。彼は指で思索する」 ロマン・ロラン

フランス知性ロマン・ロランが高田博厚の師なのですね。マハトマ・ガンジーに高田博厚に引き合わせた話などを初めて知りました(なぜこの時期にマハトマ・ガンジーはフランスにいたのか)。

高田博厚は1900年(明治33年)石川県七尾生まれ。若くして哲学を志し18歳で上京すると高村光太郎など知識人と交流します。この時、哲学ではなくどうしてか彫刻を始めます。ロダンの彫刻《ロダンの夫人》に強く打たれたそうです。

1931年(昭和6年)妻子をおいて渡仏、以降26年間をパリで過ごす。この間、ロマン・ロラン、アラン、ガンジーなどと親しく交わり、彼らの肖像制作に励みました。これがヒューマニズムの思想潮流とあいまって、戦後高田博厚を一躍有名にすることになります。

終戦直後はドイツで難民になるなど生死の境をさまよう苦難を経て、1957年(昭和32年)に帰国。後に鎌倉にアトリエを構えて制作に励むかたわら、執筆活動も盛んに行い多くの著作を残しました。1987年(昭和62年)鎌倉市にてその生涯を閉じます。

フランスの精神文化に生きた人なのですね。

松岡正剛さんは、高田博厚を観て感想を書かれています。
「一言でいえば、人間であるということの自由が懐かしさをもっていることに、なんだか圧倒された。「多寡をくくってはいかん」、これが正直な感想である。人間であることに多寡をくくってはいかんということだ」

時たま松岡正剛さんって言っていることがよく分からないときがあります。加えて余談ですが、高をくくるではないのでしょうか。多寡をくくるは誤用かと。

そんな小事より、松岡正剛さんの問題意識が肝要です。「結局、高田からぼくが学ばなければならないのは、タンジブルということ、すなわち高田流にいうのなら「触知的」ということだ。触知的とは、言葉を彫刻のように見えるものにする、裸にすることである。この、ぼくが長いあいだ忘れてきたことを、本書と高田の彫刻群は軽々と告示してくれたのだった」

高村光太郎像を載せておきます。実際に観てみたいです。

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タンジブルでも、触知的でも、どう云ってもよいのですが、私は、マサチューセッツ工科大学(MIT)石井裕教授が提唱するユーザインタフェースの形態研究に深い関心を持っています。それは、既存のコンピュータの概念を一新し、形のない情報を直接触れることができる(タンジブル)ようにしたより実体感のあるインタフェース開発の模索です。

いつだったか、松岡正剛さんは私に、いまの情報社会の最前線に立ちなさいという言葉をかけて下さいました。温故知新。高田博厚にタンジブル(触知的)をもっと学びたいです。
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[2010/09/05 06:30] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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