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ISIS編集学校の不思議

(私にとっては)2回目の感門之盟に出席しました。初めての方には感門之盟が分からないと思います。ごく簡単に言うと、学校の卒業式だと思って下さい。

おそらく誰もこのような事を書かないと思いますが、ISIS編集学校がたいへん魅力的であるが故に常識と比して特異な諸点を挙げたいと思います。ISIS編集学校の不思議です。

1つは、イベント時間がやたら長いこと。ここには時間あたりの生産性という概念はありません。長くなる要因は参加者の発言が多いことに尽きますが、それを助長する雰囲気があります。感門之盟にしてそうだから他のイベントなどはもちろんこれに倣います。ある師範がおっしゃっていた「子は親に似る」という言葉が心に残ります。

2つは、名刺交換しないこと。私には摩訶不思議な状景でした。禁止されている風でもありません。そんな個と個がつながらなくてもISIS編集学校に集おうという空気が覆っていて誰も名刺交換に関心を払わないのです。当然に教室が閉まってしまったら仲間と連絡が取れないことになります。

3つは、感門之盟では学衆は明示的に祝われないこと。学衆とは生徒のことだと思って下さい。以前に私はこう書きました。「きっとこうなのです。良く修めた者を祝う。それは、学んだ者ではなく、教えた者である。人に教えて、教えたことが伝わり相手に効果があってこそ、その人は初めて物事を修める。だからその人たちを讃える。」いまでもそう感じてはいます。しかしながら、お金を支払っているのは学衆であり、その人たちへの感謝とサービスが皆目(明示的で)ないというのはいかがなものでしょうか。これは、一般の卒業式で、卒業証書が先生に贈られ、生徒はただそれを見守るというのに等しい。やはり不思議です。

4つは、番匠は何の人かということ。先生は上から順に、番匠→学匠→師範→師範代となっていて、これら先生方に指導される生徒たる学衆がいます。私から見ると、学匠と番匠が、何の人なのかよく分かりません。とくに番匠はまったく見えません。感門之盟ではご本人が登場されるし、それなりの存在感は示されます。でも何だかやることなくて寂しそうです(人の個性なのかもしれませんが)。

5つは、学衆の参加動機が多様であること。学林局が参加者属性の円グラフを見せられたことがあります。属性がバラバラ。私のようなビジネス感覚を持ちISIS編集学校に参加する人もいますがどうも少数みたいです。そのためでしょうか、いたるところでコミュニケーション上の違和感を覚えます。だけど慣れてきますと、見方を変えて多様な視点が集まっていると思えば多くのフィードバックや気づきを得られます。不思議だと思うのは、目的を合わせていないのによくこれほどの求心力が働くなぁということでしょうか。

最後に、ここに記しましたことはISIS編集学校への批判でも何でもありません。不思議だと私が感じることを率直に述べたにすぎません。ISIS編集学校頭取の大川雅生さんにはいつも叱咤激励されています。いつも感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。
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[2010/01/15 00:10] | 観察眼 | コメント(0) | page top
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