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追うぞ! 千夜千冊 29夜 『レスボスの女王』 ジャン・シャロン

こういう本にあたった今宵は少し後悔するものの、稀なものに出逢えたことへの感謝も少しばかりは起こります。だけど通常のビジネスをしている人の誰がレズビアンの評伝など読みましょうか。

ナタリー・バーネイというフランスで活躍したアメリカ人の話です。なんでもこの女性はレズビアンで有名な作家だそうです。レズビアンとは、恋愛の対象としてもしくは性的に他の女性に惹かれる女性のことであり、女性と男性の両方を恋愛、性の対象とするバイセクシュアルの女性を含める場合もあるようです。

女色は「じょしょく」か、「じょしき」か、「にょしょく」か、「にょしき」か、さて何て読むのでしょう。女性の容貌、性的な魅力という意味ですが、女性が女色を求めるという感覚はどういうものなのだろうかとふと考えてみました。やはり自分が男性というセックスからは逃れられず、この問いに腑に落ちる答えを持つのは難しい気がします。

松岡正剛さんが言うには、「こうして「美女の容姿に、男の頭脳」といわれたナタリー・バーネイなのだが、彼女に群がるのは女たちばかりではなかった。そのジャコブ街20番地のサロン「友愛の神殿」には、ガートルド・スタインらの名だたるレズビアンだけではなく、ゲイたちも集まっていたし、その手の“業界”の大御所モンテスキュー伯をはじめ、マルセル・プルースト、ポール・ヴァレリー、サマセット・モーム、アンドレ・ジッド、トマス・エリオット、エズラ・パウンド、ライナー・マリア・リルケ、マックス・ジャコブ、アナトール・フランス、ラドクリフ・ホールらの知識人も、灯火にすだく蛾のようにきりなく引きつけられていた」そうです。

カミングアウトという言葉があります。同性愛者としての自分を肯定し受け入れた上で、自分が同性愛者であることを自分以外の人に言うことですが、ナタリー・バーネイには “coming out of the closet” という時の収納用の戸棚や物置=社会の抑圧という雰囲気は全くありません。むしろアマゾネスという言葉に近いでしょう。ギリシア神話の女性だけで構成される部族であり女戦士です。「美女の容姿に、男の頭脳」という表現が心に残りました。

松岡正剛さんからの引用です。「本書は、以上のようなナタリー・バーネイの評伝で、これまでのどんなナタリーに関する論考や本よりも丹念であって、愛情に富んでいる。しかし、どこか甘すぎるところもある。銀のメスをふるっているようなところが欠ける」「蛇足。本書の著者のジャン・シャロンもいささかあやしい。いや、かなりあやしいようだ」「晩年のバーネイと親密な交流があって、どうも“ナタリーの人生における“第三の男”となっていたふしがあるからだ」

著者のジャン・シャロンという人もナタリー・バーネイの虜になったのでしょう。それほど魅力ある人物であったようです。
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[2010/01/11 00:10] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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