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追うぞ! 千夜千冊 17夜 『定家明月記私抄』 堀田善衞

久しぶりの日本の作品で気持ちが落ち着きます。藤原定家(ていか)とは誰なのか。鎌倉時代初期の公家であり歌人であり今宵の主人公だと知りましたが、さて藤原定家がどうしたのでしょうか。18歳から74歳までの56年にわたる克明な日記『明月記』を残したそうです。

鎌倉時代と言えば、鴨長明(かものちょうめい)の『方丈記』(ほうじょうき)という随筆が有名です。私も知っています。ところが同時期に書かれたと言われる藤原定家の『明月記』は初耳でした。何でも『明月記』は漢文で書かれておりこれまで通して読む人がほとんどいなかったようです。

次に、堀田善衞(ほったよしえ)とは誰なのか。10年前にお亡くなりになっている高名な小説家のようです。私は知りませんでした。私抄とあるので、堀田善衞が『明月記』を読み通し抜き書きしながら解釈をつけているものでしょう。これがちくま学芸文庫から続編と併せて二冊になって出ていて今宵の指定図書となっています。

私も読み通しました。松岡正剛さんのコメントにある通りです。堀田善衞の文章って少し妙な気がするけれど、これほどまでに読むのを飽きさせないのには驚きました。書いてあることは、鎌倉時代の宮廷の日常の仔細です。私は、そのようなことに関心などこれっぽっちもありませんが、堀田善衞の手にかかれば、それがとても面白いと感じてしまうのです。

松岡正剛さん曰く、「読めば読むほど、歴史のその日に入っていける。こういう方法があったのかとただただ呆れるばかりだが、あったのだ」。

私の拙い表現ですが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んでいるなかで、欧米的近代国家というものを意識して日本という国が変ろうとしている情景がまざまざと浮かぶように、『定家明月記私抄』を読んでいると、鎌倉時代の公家文化が、歴史論、歌論、そして文学論という多様な視点からたいへん視覚的に伝わってくる気がします。これは稀有な本だと悟りました。

松岡正剛さんは堀田善衞とは異なる観点で藤原定家の解釈を講じておられ、今宵の本家の千夜千冊は随分と長文となっています。私はこれ以上ついていけないのですでに降参ですが、松岡正剛さんの解説を読み思ったことは、藤原定家って花咲爺さん的作風なのかということです。枯れた桜の木に登って灰を撒きながら「枯れ木に花を咲かせましょう」と花咲爺さん。

見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやの秋のゆふぐれ

松岡正剛さんの最後の台詞が胸にぐっときました。
「われわれもまた、同じことである。いろいろ欲しいと思う事態も、さまざま望む出来事も、あれこれ交わしたい人物もいる。しかし、たったいまのこのときには、手元にのこったもので工夫をすればよいのであろう。そして、そのときに「ない」から「ある」への創発がおこるのであろう。侘び茶というものもそうしたものだった」。
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[2009/11/19 00:10] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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