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追うぞ! 千夜千冊 14夜 『クリオの顔』 ハーバート・ノーマン

エドガートン・ハーバート・ノーマンは、計算してみると50歳にならずに亡くなっています。命日は1957年4月4日。場所はカイロ。飛降り自殺でした。

1909年に、在日カナダ人宣教師の子として軽井沢で生まれ15歳まで日本で暮らしました。その後カナダのトロント大学で、1933年にはケンブリッジ大学で歴史学を研究し、そしてハーバード大学ではエドウィン・ライシャワーのもとで日本史を研究しました。「共産主義者だった」と告白した都留重人(つる しげと)などと親交を結んだことが後に命取りとなったのでしょうか。

ギリシャ神話でミューズ(正しくはムーサという)というと芸術の女神のことを指しますが、女神は9神いるそうで、彼女たちを率いるのがアポロンなのですが、その9神中、歴史を司るのがクリオです。松岡正剛さんは述べていますが、そのクリオがどうして「最も内気」なのか私には分かりません。

今宵、私が学んだことの一つは、ノーマンは『忘れられた思想家』上下(岩波新書)の著者で、安藤昌益に関する最も初期のすぐれた研究者であったということです(松岡正剛さん曰く、そのことは誰もがすでに知っているとありますが)。加えて、『日本における近代国家の成立』『日本の兵士と農民』『日本政治の封建的背景』などの著書が紹介されていて、ノーマンはかなり日本に精通していたようです。

上述のような歴史学者、日本研究史家の一方で、ノーマンは、カナダ外務省に入り占領日本でのカナダ代表部主席としての役割を果たし、晩年はエジプト大使として活動した外交官でもあったのです。

松岡正剛さんの説明では、「ノーマンが日本の歴史学研究にもたらした功績はほぼ顕賞されている。たとえば明治社会については、下級武士こそが明治の中央権力を握っていく過程の分析が重要であって、そのことをとらえることが日本の現代社会における官僚指導主義の特質をとくものだとしたのだし、それがなぜ日本独特の産業資本にむすびつくことになったのかを解明することが、やはり日本の国家形成の鍵となるものだと分析したのだった」とあります。

本業を外交官だとしたら、日本通として確かな歴史見識を持って人生を駆け抜けた人物だと知っておけばよいのでしょう。ということで、今宵は、『クリオの顔』の内容を紐解くよりも、ノーマンという人物の約50年にわたる人生を偲べばよいとのだと知りました。

ただ一つ不明なことは、そのノーマンがどうしてカイロで自殺を図らねばならなかったのか、その背景事情についてです。

となると、松岡正剛さんの紹介にある通り、中薗英助『オリンポスの柱の蔭に』と工藤美代子『悲劇の外交官』は必須文献なのだと悟りました。特に『オリンポスの柱の蔭に』は、「この小説仕立ての大作には、ノーマンが冷戦が始まった米ソ間のスパイ戦争のなかで被疑者としてしだいに追いつめられていった経緯が刻々描かれている」そうです。

『忘れられた思想家』と併せて読んでみようと思います。
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[2009/11/08 00:10] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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