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追うぞ! 千夜千冊 13夜 『幻想の中世』 ユルジス・バルトルシャイティス

本家の千夜千冊はここ3年半かけて約200冊を遊蕩篇として編まれましたが、1330夜からサイトを引越し装いも新たなに連環篇として刷新されるとのことです。ご成功をお祈り申し上げます。

「追うぞ! 千夜千冊」は約1%弱を追ったことになります。私にとって松岡正剛さんは雲の上の人を遥かに超えて宇宙神のような存在となっていますが、それでも1%は大事な数字です。100円に対して1円の比率ですから(笑)。影の尻尾ぐらいは踏んではいるのでしょうか。

さて今宵の内容となります。ユルジス・バルトルシャイティスを知ることが遅かったということで、どうして「しまったと思った」のでしょうか。この本が衝撃だったからと松岡正剛さんは述べています。

本著は一体何について書いてあるのか、毎夜のことながら私には分からないのです。松岡正剛さんの案内によると、「(ユルジス・バルトルシャイティスの)研究が視覚と言葉をまたぐ歴史の中の「テイスト出現のプロセス」ともいうべき得体の知れないものの解析におよんでいる」とあります。

得体の知れないものの解析?

ユルジス・バルトルシャイティスは、リトアニア生まれで、20世紀に活躍した主に中世を専門とした美術史家です。だから中世美術について考えたのだと知りました。テーマに挙がっているのはゴジック美術です。ゴジック美術とは、中世ヨーロッパでロマネスク美術に次いで興ったキリスト教美術様式というのが一般的理解でしょう。

ということは、ロマネスク美術からゴジック美術へどのような変遷があったのか、そもそもキリスト教美術様式とはどのようなものなのか、そのような事が論じられているのだろうかとイメージを膨らませました。

ところが話はこうなのです。ゴシック (Gothic) とは「ゴート人の」を意味します。時期は12世紀後半。15世紀から16世紀となり、ルネサンス前の中世の芸術を粗野で野蛮なものとみなされ、その批難の対象なったのがゴジック美術です。しかしながら18世紀になって再評価が始まったようです。

松岡正剛さんの説明によると、「つまり、ゴシックを解くということは、ゴート人とともに運ばれてきた古代中世のすべてのイメージとイコンと観念技術のいっさいを解読することなのだ。バルトルシャイテスは、そこに“魚眼のようで顕微鏡のような目玉”をもちこんだ」とあります。

グロリスという聞いたことがない言葉に面食らいました。調べてみると、グロリスというのは、ゴシック装飾での聖画(イコン)のことです。この聖画に奇形があらわれているという話です。ユルジス・バルトルシャイティスはその奇形の出所に迫っています。

失礼ながら、私にはあまり関心が持てそうにないお話です。おまけに、手に入れた本は『幻想の中世Ⅰ』平凡社ライブラリーとなっていて、途中で、あっ、これニ分冊なのだと気づく間抜けぶり。松岡正剛さんの説明を読んでいると『幻想の中世Ⅱ』が東アジアの話に及び面白そうなのに。曰く、「こうして最終章にいたって、われわれはやっと「西のゴシックと東のマンダラ」の比較という途方もない比較観照が準備されていたのだということにやっと気がつくのだが、時すでに遅し、バルトルシャイテスはこれらのいっさいの解読の手がかりを蓮華文様の渦中に放りこんでしまうのだ」と述べています。

私には意味不明の言葉ですが、こうした驚異的なバルトルシャイテスの方法を「アベラシオン」(光学的図像収差)と呼ぶのだそうです。
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[2009/11/07 00:10] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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