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追うぞ! 千夜千冊 11夜 『黙阿弥の明治維新』 渡辺保

今宵の千夜千冊(本家のほう)はやけに短い。毎夜、読んでも読んでも、縦にめちゃくちゃ長い文章(PCで読むのでスクロールし続ける)というイメージが頭にこびりついているので、今宵はあっさり終わっていて肩透かしを食らった印象です。松岡正剛さんもこういう夜を過ごしていたのだという発見ができて、追っているからこそ知ることができ嬉しい気分かな。

さて、まず黙阿弥って誰? 「元の木阿弥」という言葉がありますが関係があるのでしょうか。恥ずかしいことですが、私は最初、『世阿弥の明治維新』と勘違いしていて、世阿弥がどうして明治維新と関係があるのかと不可思議でした(笑)。とんだ思い違い。

黙阿弥とは、河竹黙阿弥(1816年-1893年)という、江戸日本橋生まれの、江戸時代幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作者です。著者の渡辺保は、松岡正剛さんの紹介によると、「渡辺保は何を読んでも参考になる。歌舞伎のおもしろさを知るにはこの人の案内に頼るのがいまのところはベスト」ということで、つまり『黙阿弥の明治維新』は、歌舞伎に詳しい著者が書いた河竹黙阿弥の評伝です。

ところで「元の木阿弥」ですが、戦国時代にある武将が死の間際に敵を欺くため、自分と良く似ている木阿弥という奈良の盲目の僧を身代わりに立て死を隠すことを命じた。木阿弥は身代わりの間に贅沢な暮らしができたが、家臣団が体制を整えなおした後に奈良へ帰され元の身分に逆戻りした。このことから「元の木阿弥」という故事成句が生まれました。

河竹黙阿弥は「元の木阿弥」の故事と何の関係もないと知ったのですが、ではどのような人物だったのでしょうか。本書には、明治25年、黙阿弥77歳の写真が載せられています。謹直堅実(慎み深く正直でまじめであり何事も手堅く確実で危なげないさま)という評価が共通のようです。40歳以上も年下の坪内逍遥曰く、「其人格の堅実で、何事につけてもまめやかな、注意深い、謙遜な、信頼すべき、ああいふ社会には極めて珍しい人柄だといふことだけは流石に直覚的に深く感じ」と述べています。

晩年はそうでも、河竹黙阿弥は遊蕩な少年時代をおくって勘当されたことがあるそうです。遊んで遊んで、人生の甘い辛いと移ろいゆくものを知り抜き、自らの肥しとしていったということでしょうか。

今宵の論点は、黙阿弥がどのように近代社会のなかで歌舞伎の脚色に取り組んだのかということなのですが、渡辺保は、本著でそれを論じているのだというところまでは分かったのですが、松岡正剛さんがその内容を紹介していなので、私もまったくお手上げ状態です。人のせいにしてはいかんのですが。本著を読むには読んだが解釈できない有様です。

加えて、松岡正剛さんの紹介により、淡島寒月、幸田露伴、永井荷風、坪内逍遥、島村抱月という名前が次々とあがり、誰かが「川上音二郎の明治」を書くべきであるとか言われていて、要はこの辺りのことを知らないと、今宵は核心に迫れないのだと悟り、降参することに致します。
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[2009/11/01 00:10] | 追うぞ! 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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