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千夜千冊 5夜 『裁判員の教科書』 橋爪大三郎

幸か不幸か、私はまだ裁判員に任命されていません。もしかしたら通知は一生来ないかもしれないし、はたまた近く案内が届くのかもしれない。とにかく裁判員制度はスタートしました。まじめに考えれば、このお役目、結構な重責です。

巷に裁判員制度に関する書籍は多く出ていますが、やみくもに反論ばかりしていないで、もう始まったのだから、このお役目を担った場合、私たち市民は、何をどのように理解して、いかなる手続きを踏めばよいのか、きちんとした教科書が必要だと思います。

本著は、スバリそのコンセプトに応えたもの。橋爪教授って社会学者ではなかったでしょうか。法学の先生が書くと、当然ですが、法解釈に走りがちとなるので、難解になります。橋爪教授のスタンスはとっても良いです。これは、まさに市民が読んでおくべき教科書だと思います。

裁判員が参加するのは重大な刑事裁判です。ちなみに日本では、刑事裁判が年間で約10万件弱が起こされているそうです。すべて根拠は刑法などに依拠します。

刑事裁判で裁くのは検察官です。こう書くと、おやっと思うのですが、橋爪教授が本質をよく説明してくれています。裁判を起こした人を原告といいますが、刑事裁判の場合、原告は検察官と決まっています。被告人は立場が弱いため、検察官が、被告人を有罪であると証明する責任を負わされています。

つまり原告は、被告人に刑法などに違反する犯罪行為があったので起訴します。その主張を聞いて、裁判官・裁判員は、犯罪を犯したと疑われる被告人が、有罪かどうかを決め、有罪なら、どのぐらいの刑罰を科すかを決めるのです。

刑罰には、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料の5つがあります。そうです、私たちは、重大な刑事裁判の裁判員となるのですから、死刑の判断をする場面にも遭遇する可能性があるのです。

マインドセットの肝心要は、検察官が、被告人が有罪であると 100% 証明しない限り、被告人を無罪にする、これに尽きます。この 100% のことを、法律学では「合理的な疑いを容れない」「合理的な疑いを超える」と表現するそうです。橋爪教授もこのことを強調されています。

ただし現実は、日本では、無罪の判決がでる被告人は、1,000人のうち、たった7人 の割合のようです。ということは、検察官が、「確実に有罪と思われる容疑者」だけを起訴していることを意味します。

ここまで読んで、ふと私は不安になりました。実態として、裁判員は、検察官の主張をただ追認する結果になりやしないでしょうか。有罪判決となる可能性が高いということは、そういうことでしょう。

有罪か無罪かは、多数決で決めます。裁判官3名と裁判員6名のチーム制で、過半数(すなち5名)のうち少なくとも1名は裁判官であることが必要です。量刑についても、各人の出した量刑の重い順に、過半数になるまで数えるそうです。この場合も、裁判官が少なくとも一人入ることが条件です。

なので、実質的な個人の判断を入れられるのは、量刑の方のような気がします。

そもそもこの裁判員制度、いろいろな目的があるのだとは思いますが、一番大事なことは、本著を読むなどして、広く一般の人々に、法についてしっかり理解してもらうことにあるのではないでしょうか。つまり法教育に役立つのです。





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[2009/06/03 00:10] | 千夜千冊 | コメント(0) | page top
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