FC2ブログ
大村はま
涙がやみません。
大村はま先生ともっと早く出逢いたかった。

優劣のかなたに 大村はま

優か劣か
そんなことが話題になる、
そんなすきまのない
つきつめた姿。

持てるものを
持たせられたものを
出し切り
生かし切っている、
そんな姿こそ。

優か劣か、
自分はいわゆるできる子なのか
できない子なのか、
そんなことを
教師も子どもも
しばし忘れて、
学びひたり
教えひたっている、
そんな世界を
見つめてきた。

学びひたり
教えひたる、
それは 優劣のかなた。
ほんとうに 持っているもの
授かっているものを出し切って、
打ち込んで学ぶ。
優劣を論じあい
気にしあう世界ではない、
優劣を忘れて
ひたすらな心で ひたすらに励む。

今は できるできないを
気にしすぎて、
持っているものが
出し切れていないのではないか。
授かっているものが
生かし切れていないのではないか。

成績をつけなければ、
合格者をきめなければ、
それはそうだとしても、
それだけの世界。
教師も子どもも
優劣のなかで
あえいでいる。

学びひたり
教えひたろう
優劣のかなたで。
[2010/11/03 14:41] | 人物評 | コメント(0) | page top
シュールな笑い・松本人志
再開のプロフェッショナルを興味深く観ています。毎回登場人物が、プロフェッショナルを定義します。松本人志は何と云うのかと大いに楽しみでした。

素人に圧倒的な差をつけて力を見せつけること、だと云っていました。

生まれが同じだし、しかも彼が尼崎に生まれ育ったことも、大阪出身の私にライバル意識が目覚めさせてくれました。私たちからすると、例えば8歳年上に明石家さんまがいますが、あんな芸はちっとも面白くない。いまでもテレビによく出ているようだけれど観ようとも思いません。

またダウンタウンの浜田雅功(はまちゃん)だって笑いが軽すぎます。ここで軽いと云うのは、即物的という意味で、要するに薄っぺらいのです。視聴者にはそれを笑いだと感じる人が大多数でしょうが、わたしはまったくつまらないと思います。

関西の人なら、笑いを極めた人は、藤山寛美と桂枝雀だと知っています。松本人志はその誰の継承でもない笑いの新分野を創ろうとしているのだとあらためて恐れ入りました。

彼が云う「笑い」を「プロジェクトラーニング」に替えたら、すべての松本人志の発言の真意が理解できるように思えます。その瞬間、ぞっとする気持ちに襲われました。
[2010/10/17 08:49] | 人物評 | コメント(0) | page top
マツコ・デラックス
なんだかよく分からないですが、マツコ・デラックスのキャラは際立っていていいですね。

彼は大阪で人気らしいですが、千葉出身だから関東の人です。

体重・スリーサイズともに140というのは、滅多にいないでしょう。売りは毒舌です。女装タレントのようですが、彼の本業はコラムニストです。

だから言葉遣いがいい。

まだ30代でしょう。しっかり健康管理してもらって、マツコ・デラックスをどう育てていくか、知恵を出し合いましょう。

「あんたからとやかく云われたくないわよ」と云われそうですが。
[2010/09/06 05:15] | 人物評 | コメント(0) | page top
IRIS に思うこと
現在16話まで放送されました。欠かさず毎週わくわくして観ました。

・サウ(チョン・ジュノ)のやつれた表情の特殊メイクいいね。
・ミジョンがビックに殺される仕方ってあれどうなのよ。

私は、ペク・サン(キム・ヨンチョル)の演技が印象に残っています。眼鏡の下のあのギョろっとした目が特徴です。こんな顔をしています。

feee6d6937a7231633de9d91b89375cf.jpg

それより YouTube で、IRISの最終話のラストシーンを見れることを知り、我慢できなくなって見てしまいました。ああ、ヒョンジュン(イ・ビョンホン)に、何と云う結末か。
[2010/08/22 03:34] | 人物評 | コメント(0) | page top
松岡正剛さんに教わったこと
松岡正剛さんに教わったことは多くあるのですが、どれもこれも松岡正剛さんのオリジナル指導なので、なかなか説明しづらいです。それと、契約を交わした訳ではないのですが、守秘義務を求められていて、仔細を云えられないこともあります。あちらにご迷惑をかけたくもありません。

あるとき、自分の似顔絵を描きなさいとお題をいただきました。そんなの描いたことがなかったので、仕方がなく自分の写真に紙を置いて上から輪郭をなぞったのです。ところがその写真の自分はやや強面で(なので笑顔もなく)、それをなぞったのですから、少し偉そうに見えました。仲間の画は、皆自分の特徴をうまくとらえてあり、私の画に松岡正剛さんは、気取っていてはいけません、というコメントをつけられました。

実際の指導は、松岡正剛さんの弟子というのか、失礼な物言いをすると、松岡正剛教に魂までからめとられた人たちが大勢いてその方たちがなされています(松岡正剛下での指導が多忙で自分の本業は片手間でやっていると云う不届き者もいた)。ネットでお題を解くので、最初に閉口したのが、あなた一番発言数が少ないですよというもの。それと、このままだと卒業を認められませんよという(しかも集団での)脅しでしょうか。MBAを取得したとき(もう20年も近く前)の方がしんどかったというのが印象です。あの時は、同期と競争していたし、何よりもMBA(経営学修士)を獲たかった。ところが、離という場では、私は誰とも競争などする気もなかったし、最後まで指導を受けられればそれで良くて、認められて卒業するなどに何の価値も感じていませんでした(事実、私は離を卒業していません)。

途中ミーティングがあり、私は、稽古の出来が悪かったので(いや、私の心構えが主催者側の期待するものになっていなかったと表現しましょう)、指導側につるし上げられたのですが、その後、松岡正剛さんが、私の傍にお越しになり、あなたは人のメッセージを自分で一旦受けとめないで、相手をリスペクトしキャッチボールのようにメッセージを返してあげるとよい。そんな趣旨のことを私の耳元で囁かれました。

指導側にいる若いのが、決まり文句のように、一度自分のフレームワークを外せと言います。またかつてビジネスを経験した方でしょう(かつて私も資本主義の側にいたと表現されていました)、指導側のある人が、あなたの自己決定を中止しなさい。そして松岡正剛を丸呑みしなさいと何度も言われました。

かつて記事で紹介したように、ISIS編集学校は、編集工学を指導するところなのですが、肝心の「何のために」編集工学を学びそれを使うのかという、その目的がないのです(それは参加者それぞれ違う)。私は、編集とは実利なのかと問いました。指導側の何名かが、支払った授業料の元がとれるのかという実にくだらない議論を展開しました(この時だけはさすがに、こいつらバカだと思いました)。より良い社会になるように編集工学が使われて価値創造ができてこそ意味を持つのです。そのためには、大志に支えられた目的が要ります。この価値創造が大事なのであって、編集工学なんぞは手段して扱えばよいのです。それを、どいつもこいつも編集工学を目的的に扱っている。語っている。私が最後まで気に入らないのはこの一点にありました。

このように離という場は、私にはある種の異次元ワールドでした。それはそれで良いと思うし、今は何の批判もありません。しかし、総元締めの松岡正剛さんに何を学び得たのかをしっかりと自分で噛みしめたいと思うのです。校長と呼ばれている松岡正剛さんはもうご年輩だし柔和で親しみ易い人です。時折、ハグして下さいます。男が男を抱き寄せるというのは気色悪そうですが、やられてみますと案外心地良いです。

要約しますと、自分という境(境界線)を壊せ、すべて世界とつながれ、それが生命だ。フラジャイル(fragile)は壊れやすいという意味ですが、そこに「関係」は生まれる。そう諭していただけのだと思います。途中で手術するハプニングが起こり、なおさら強く感じました。

偉そうな表現ですが、職人はその技能の深遠さにおいて信頼と尊敬を集めるでしょう。しかしながら、大勢の人間を巻き込み、その人たちの人生を預かるのですから、マネジメント力がないといけません。私は、読書や講演などに多忙だから、銭勘定は苦手ですでは済まされない。それと、自社で雇用するならいざしらず、本業を片手間でやらねばならぬほど(これほど不届きなことはない)己が仕事を強いるのはいかがなものでしょうか。これでは、かたわな人間を作っているということにもなりかねない。

これは、松岡正剛さんへの批判でも何でもなくて、わが身への戒めとして、松岡正剛さんとの関わりを通して学ばせてもらったことです。松岡正剛さんに深く感謝しております。いただきました分巻と黙示録を大切にして自分のできる範囲で世界読書を続けていきます。
[2010/08/14 06:34] | 人物評 | コメント(0) | page top
<<前のページ | ホーム | 次のページ>>