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春との旅
地味だがとても渋い映画というものがあります。

記憶に残っているのは、最近だと洋画なら『グラントリノ』(2009年)でしょうか。クリント・イーストウッドの演技が素敵でした。邦画だと『歩いても 歩いても』(2008年)かな。

何気ない日常の風景に、人の生き様、家族の絆、時の移ろい、そういう味わい深いものを見せてくれる映画を、やはり映画館に足を運んで観たいと思います。

『春との旅』は、仲代達矢を筆頭にベテランのキャストが揃っています。孫娘の春を徳永えりが演じていますが、こんなに周りがベテラン揃いなら、相当な重圧だったのではないかと察します。時折、甲高い声をあげるのが少々気になりましたが、歩き方や食べ方、そして眼の演技、どれをとっても仲代達矢と良くリズムがあっていました。素晴らしい。

おじいちゃんの荒々しさに、最初は違和感があり、少しいらついて観ていました。しかし、次第に引き込まれていきます。おじいちゃんと孫娘(春)が親類縁者に面倒をみてもらいたいと求めて訪ね歩く旅のお話です。

しみじみとした映画でした。
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[2010/06/13 18:52] | 映画 | コメント(0) | page top
サヨナライツカ

残念だけど、いまいちでした。映画「サヨナライツカ」

原作にはこうあります。
「沓子の小柄だがセクシーな弾力のある肉体とは違い、光子は痩せていて身長が高かった」 中山美穂(沓子)の身体は弾力のある肉体には見えない(復帰意欲が本物ならば脱ぐでしょ本来なら)。石田ゆりこ(光子)は痩せていないし背も高くない。身体だけで言えばミスキャストかも。

光子が沓子と会いにくる? 一緒に写真を撮る? それを30年近く経って詩集にはさみ豊に持たせる? 沓子に消えて下さいと言う? まったく余計なことをしてくれたものです。

イ・ジョハン監督って何も分かっていないのではないでしょうか。この映画を韓国の人に見せるのか? 原作の光子の台詞である「私のいないうちにこちらで、何かやんごとないことがあったのじゃないかと思った」を大事にして欲しかったし、中山美穂の心の葛藤の演技を信じて欲しかった。この監督の下で誰が演出したのか知りませんが、ほんと余計なことしてくれています。

西島秀俊、第一部 好青年 は演技(沓子にはまるが別れなければ間に合わないという状況)が難しいのはわかる。しかしもう少し感情を表さないと原体験の沁み込みが見てとれないです。朴訥すぎます。

見せ場は、第二部 サヨナライツカ で、25年の歳月を経て、沓子は豊を迎える。サマーセットモームスィート(映画では違う名前になっていた)へ先導する沓子。瞳に涙を溜めているが、このシーンを最も楽しみにしていたけれど、中山美穂、役者としては稽古が足らん、あかんな、下手くそです。情感がもりあがるところなのに期待は充たされないです。でもミポリンの努力は伝わってきたので良く演技したと拍手を贈りました。

ノルマンディで二人が夕食するとき、老眼や手の甲のシミなど工夫しているのは伝わってくるけれど(館内では失笑あったが)、西島秀俊、やっぱり役者として未熟だ(彼も努力しているのは分かるけれど)。彼の演技ではミポリンが引き立たないです。というか第二部の西島秀俊の演技って目も当てられないのではないでしょうか。「25年の歳月を経て」を男の滲みでるもので表現せよと言っても彼には不可能なのかもしれません。

イ・ジョハン監督さん、あなたはストーリーや感情の意味を分からせようとしてくれたのでしょうが、ダメだ、この映画は原作の余韻を台無しにしています。最後のほうで、沓子がドレスアップするなんて誰も見たいと思っていないです。
[2009/12/22 00:10] | 映画 | コメント(0) | page top
ヴィヨンの妻

太宰治の同名短編を読んでみました。暗い・・・ いくら生誕100年を迎えた今年だからといっても、太宰の他の作品も読んでみようと言う気はおこりません。

映画を観たくて、だからまず原作に目を通しました。飲み屋の主人の台詞が結構長くて、これは演じる人は辛いだろうなとか、そのようなことを気にしました。

松たか子、凛とした演技で、澄んだ美しさがあります。映画だからでしょうか、ボロい着物をまとっていても、松たか子だから綺麗に見える(笑)。

話は、放蕩三昧の夫と彼を大らかな愛で包む妻の物語です。おそらく夫の大谷という作家は太宰自身がモデルなのでしょう。

いくらそういう時代だからといっても、大谷のような言動を普通取るかなぁと違和感を覚えました。これが日常の太宰の姿なのだとしたら、太宰ってとっても危ない人です(笑)。

映画では、とにかく松たか子に楽しんで、作品では、太宰の雰囲気を少しだけ、けれどもそれでもう充分なほどの空気を吸えただけで満足しました。
[2009/10/11 00:10] | 映画 | コメント(0) | page top
グラン・トリノ

何も考えずに、ゆっくり良質な映画を鑑賞したい人には、この作品はうってつけかもしれません。私もそうしました。たまたま空いていた日曜日の午後に。

ですが、どうもこの映画を、いかに讃えてよいのか、それが私には思いつかないのです。多くの方々のブログで 『グラン・トリノ』 のストーリーや感想が紹介されているので、私も同じことをしても意味が薄いと思うし、だからといって何かまったくオリジナルの感想がある訳でもないのです。

クリント・イーストウッドの演技にすべての価値は宿っていそうです。この俳優が図抜けた器量を発揮していることは誰もが認めるところでしょう。演じる個性は、怒れる老人です。この老人(ウォルト・コワルスキー)は孤独で、朝鮮戦争時に使用されたM-1ライフルとフォードで働いていた時の名残であるグラン・トリノだけが友であるかの様に生きています。

映画に素人ながらとても安上がりの作品だと思いました。だって、クリント・イーストウッド以外に名優がいないもの。シンプルで質素な作品ですが、古き時代の名残を惜しむアメリカの鎮魂歌的作品だと思うと、心にぐっときます。

ギャングらはコワルスキーに対して一斉に発砲、射殺し、その場で検挙されます。このとき既にコワルスキーは自宅を教会へ寄贈すること、グラン・トリノはタオに譲るよう遺言していたのです。

とくに涙は流れませんでしたが、心にしみいるものはありました。






[2009/05/24 00:10] | 映画 | コメント(0) | page top
レッドクリフ PartⅡ

レッドクリフ PartⅠよりⅡの方が内容が良かったと思えるのは、話がクライマックスへと向かうのだから当然でしょう。随所に魅力的なシーンが散りばめられていて、ラストまで興奮が続いたしとても快活でした。

目的を達成するには(この映画だと赤壁の戦いで勝利すること)、何が必要なのでしょうか。私は、キーワードは次の3つだと思います。

  (1) 状況の客観的な認識
  (2) 衆知の結実
  (3) 行動(=アクション)

(1)については、諸葛孔明は風向きが変わるという「知識」を持っていしたし、孫尚香は敵陣に乗り込んで曹操軍の布陣をスケッチし「情報」を運びました。このような知識や情報により状況を客観的に認識することができたのです。

(2)についてですが、この映画のヒーローは何と言っても周瑜ですよね(トニー・レオンかっこいい!)。諸葛孔明は矢を10万本集めることこそ実際にやったものの、肝心の赤壁の戦いには実戦していません。だって軍師だから? 周瑜だって軍師じゃありませんか。周瑜は、ラストの曹操に刃を突き向けるところまで戦場で死闘を繰り広げました。諸葛孔明がプランナーだとしたら、周瑜はプロデューサー兼プレイヤーですね。周瑜は、活用できるリソース、関係性、知恵のすべてを勝利のために編集したのです。

余談ですが、リーダーシップやチームワークについても議論できるでしょうが、私は、そのような見方にあまり関心がありません。あくまでも、リソース、関係性、知恵のプロデュースに着目したいのです。

最後(3)については、次の諸葛孔明の言葉に尽きるでしょう。「やるべきことはすべてやりました。命運を待ちましょう。」そう言っておいて、あんたは何もしないのかってところなのですが(笑)。命運とは結果であり、行動(=アクション)してみないと分からない。天才軍師である諸葛孔明においでさえもそうだという示唆でしょう。

このように考えますと、プロジェクトラーニングそのものです。

追伸

孫尚香(私は、ヴィッキー・チャオの演技に惚れました。)と小喬、二人の女性が登場します。諜報活動から戻った孫尚香に怒った孫権が、彼女の働きを知りそっと後ろから抱き締め怒って悪かったと謝るシーン。そして、一人敵陣に乗り込んだ小喬ですが、残された周瑜が寝床で小喬の残り香を哀しむシーン。いずれも感動しました!





[2009/04/09 00:10] | 映画 | コメント(0) | page top
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